黒沢幸子(目白大学/KIDSカウンセリングシステム)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)
1.Simple is not easy だからこそ
「基本」(面接段階Ⅰ~Ⅴ)の意義
前回連載までで,解決志向ブリーフセラピーの基本の面接段階Ⅰ~Ⅴ(以下「基本」と略)が完結しました(なんと連載第4回からの計5回分を「基本」に費やしました)。
解決志向ブリーフセラピーでは,特徴的な質問技法が目立つばっかりに,実際には,どんな意図でどんな見通しをもって,面接を組み立てて展開するのかを,十分理解されないままになっていることが少なくないと感じています。
ブリーフセラピーに短気は禁物
質問技法を使っているのに,面接が思うように機能しないと思っている方も,これから実践していきたいと思う方にも,「基本」をしっかり理解して実践いただければ,きっと面接の腕が上がります(面接がクライエントに役立つものになります)。
Simple is not easy…ではありますが,すぐにお手上げにならずに,希望をもって粘り強くいきましょう(これこそ,解決志向ブリーフセラピーを実践する基本姿勢です)。
困難な臨床場面がやってくる
初回面接(「基本」)を終えて,(仮に順調な滑り出しに感じられても)2回目以降の面接に至ると,停滞や後退,ぶり返しの報告がありえます。
ほら,やっぱり解決志向ブリーフセラピーでは通用しない,そんなにうまくいかないんだと,早々に撤退モードにならないでください(問題志向に切り替えないでください)。だから,短気は禁物です。
「基本」のままでは通用しない!?
初回面接(「基本」)に話を戻しても,「基本」なしには始まらないとはいえ,こんなふうに「基本」そのままに展開できる臨床場面ばかりではないし…(皆様,心の中でそう呟いているはずです…)。
たとえば,強制された不本意な来談,他の人の変化を望む状況,無関心や抵抗,よくないことを望む状況などは,出会いの初回面接から,なかなかに困難な様相を生むでしょう。そもそも初回面接が成立するのかも難しく感じられるかもしれません。そんな状況で,「基本」のようなことがそのまま扱えるのか? ごもっともです。当然,その状況に合った工夫が必要です。
解決志向ブリーフセラピーの十八番として
粘り強くやるということは,特徴的な難しさをはらむ初回面接であっても,2回目以降の停滞やぶり返しであっても,そのような臨床場面に取り組み,成果を出していくということです。ブリーフセラピーの4E(効果的・効率的・倫理的・洗練)(連載第1回)は,そこでも発揮されるのです。
そこに,さらに臨床がうまくなるコツやミソがあるわけです。
このような臨床場面の面接が,解決志向ブリーフセラピーのそもそもの十八番ともいえます。
そこで,今回はまず,2回目以降の面接の基本と終結への道筋を解説します。停滞や後退,ぶり返しがあることは,織り込み済みです。順調なこと以上に,それらへのとらえ方と対処が肝心です。
そして,次回は,特に初回面接からも困難な状況になりやすい特徴的な臨床場面へのとらえ方,取り組みの工夫をお伝えします。
2.2回目以降の面接
2回目以降の面接を,端的に(というか乱暴に)説明すれば…
「何がよくなっているか」を聞いて,それがあれば,Do More提案をする。それがなければ,もう一度,どうなればいいのか,何を目標にするかの話し合いに戻り,そこから「基本」の必要段階から面接展開をやり直す。
クライエントが,納得のいく改善に達したと認識できたら,面接は終結する。
この説明だけではまたSimple is not easyになってしまいますので,とくと解説します。
ⅰ)何がよくなっているか?
2回目の面接では,まずクライエントに,「何がよくなっていますか?」(What’s better?)と尋ねます。
たとえば,「あれから2週間ですね,いかがですか。どんなことがよくなっていますか? (どんな小さなことでも,大きなことでも…)」といった尋ね方をします。2回目に来談したクライエントの表情や様子などから,聞き方のトーンは調整しますが,これが基本です。
よくなったことの有無ではなく
「何かよくなったことはありますか?」と尋ねてもよさそうに感じられますが,この場合は,よくなったことの有無を聞いていることなります。
それに対して,「何がよくなっていますか?」は,よくなっていることが有ることを暗示している質問です。この聞き方によって,クライエントは,この間の経験に光を当てて有るもの探しをし,小さな一歩であっても,それを照らし出すことができます。
この2つの質問は,文字にするとわずかな違いですが,大きな違いがあります。
これを意識して質問することが,重要なコツです。
クライエントにうまくやれたことが有ることを質問で暗示するのは,成功の責任追及やコーピング・クエスチョンと同じ働きです。
ちなみに,このような暗示は,ミルトン・エリクソンが,効果的な治療的コミュニケーションとして用いてきたものです(連載第2回参照)。
提案は出しっぱなし!?
「前回の面接で提案したことをやってみましたか?」ということも尋ねません(ここがミソです)。
提案は,基本的にクライエントとの対話の中から生み出されたものであり,クライエントの望む解決の方向への一歩を踏み出すきっかけづくりの役割に過ぎないからです。
その提案を実行したかどうかを確認することではなく,クライエントが少しでもよい状態になっていたり,役立つことを行っていたりすることを見出すことが重要なのです。
私自身の経験からも,こちらから尋ねなくとも,クライエントが提案の実行について話したければ話してくれますし,提案されたことに触れずに,よい変化や気づいたことを話してくれることがほとんどです。むしろ,提案されたこと以上のことやさらに役立つことをクライエントがしていることが多くあります。
解決志向の提案は,行動療法や一般的なセラピーの課題の扱いとは異ります。
ⅱ)停滞,後退,再発も,回復のプロセス
恐がらないで尋ねる
「何がよくなっていますか?」に対して,前回よりも少しでもよくなったことを報告してくれる場合が多いのですが,「あまり変わらない状態です」「よくわからないです」といった停滞の報告や,むしろ「悪くなっています」と答えるクライエントもいます。
それを想像すると,「何がよくなっていますか?」と尋ねることを恐れる気持ちになることも理解できます。
実際には,当初は停滞や悪化を表現しても,それを受け止めながら,粘り強く丁寧に具体的に「例外」を聞いていくと,多くの場合クライエントは見出していくことができます。慎重さと根気強さが必要ですが,恐れることはありません。
停滞や悪化にも
停滞している,悪くなっていると答えるクライエントには,問題状況を細かく具体的に聞く形での「例外」の質問をしていくといいでしょう。「基本」(面接段階Ⅲ:連載第6回)で紹介した「例外」を発見する質問のバリエーションにある質問です。
以下のような具体的に1日ずつ質問して確認していくことや限定や汎化の表現(~だけ,~以外,毎日,いつもなど)を利用して聞くことにより,当初はなにも進歩がないとクライエントは思っていたのに,今までと少し違うことが見つかり,「例外」が浮かび上がってきます。
「(前回の来談日から…一昨日,昨日)一日ずつその(問題の)状況がどうだったか,教えていただけますか?」
「前回,ご相談にいらしたのが火曜日の午後でした。水曜日の午前中はいくらかよくなっていましたか?」1日ずつ聞いていき,「週末は,前日よりもよかったですか?」
「毎日,~(例:叱る)以外はやらなかったのですか?」
細かく,サポーティブに関心をもって順に具体的に聞いていくと,あれ? っと,役立つ例外が見つかっていくのです。
失意の中で
どうしてもクライエントが「例外」を見出せず困惑してしまうような場合には,とても大変な状況であることを心から労い,クライエントの状況(少しでもよかったことが見つけられない)が妥当である(無理もないこと)と認めて,「サバイバル・クエスチョン」を行って,対話を展開していきます。これも「基本」の通りです。
後退や再発への心構え
後退や再発の場合,ある程度うまくいっていたのに,今までになく悪い状態や,ぶり返したことが話されるのですから,なおさらがっかりする気持ちになります。自傷,食べ吐き,不登校,薬物,飲酒,欠勤などが,改善してうまくいっていたはずなのに……と肩を落とします。
人生には,アップダウンがつきものです。よくなっていることを尋ねたとしても,後退や再発が語られることがあることを,ある程度予測しておく必要があります。
しかし,うまくいっている状態があったからこそ,後退やぶり返しがあるのです。ずっとうまくいっていなければ,後退やぶり返しもありません。
後退も再発も,回復の一つのプロセスと考えます。
後退や再発への質問
一般的には,後退や再発したきっかけやいきさつは詳しく語られても,それがましになったり改善したりしているときのことは語られません。
この後者にあたること(後退や再発を少しでも止めたり改善していたりした状況)に焦点を当てて,また回復の状態に向かえるように,質問をします。
「今回,ぶり返すまで,どのくらいの期間,うまくいっていましたか? その期間はどのようにしていましたか? 何が役に立っていたのでしょうか?」
「前回ぶり返したときは,どうやってそれを止めたり,回復したりできたのですか? どうしてまたそれを止めようという気になったのですか?」
極度の失望感
さらに,失意が非常に強い状況であり,危機的な様子(たとえば,極度な抑うつ,「死にたい」などの破壊的な言動など)がみられる場合の面接については,次回以降の連載回で扱います。
ⅲ)「例外」を増強する
EARS
「例外」が見つかれば,成功の責任追及やコーピング・クエスチョンをして,役に立っていることや続けたらいいことを明らかにしていきます。
そして,また他の例外を探して,それを繰り返していきます。
2回目以降の面接のプロセスは「EARS」と略して呼ばれています。
・例外を引き出す(Eliciting):例外を発見する質問を粘り強く行う ・それを増幅させる(Amplifying):成功の責任追及やコーピング・クエスチョンを行う ・例外に関する成功や能力を強める(Reinforcing):コンプリメントする ・最初に戻り繰り返す(Start again):「他によくなったことは?」から始め,この流れを続ける |
続けるために大切なこと
例外が見つかっていても,どのようにして例外が起こったのかについて,クライエントは曖昧にしか答えられないことがあります。
例外を引き出す(Eliciting)ことはできても,それを増幅させる(Amplifying)ことがうまく進まない場合にも,有効な質問があります。もちろん,例外のために何をしたのかを答えられている場合にも用いることができます。
「メンテナンス・クエスチョン」の応用です。
「~(例外の内容)(例:気持ちが楽だった)を続けるために一番大切なことはどんなことでしょうか?」
「~(例外の内容)を続けるのにどうするのがよさそうですか?」
ⅳ)スケーリングを駆使する
例外が起こる将来の可能性
上記のように,EARSのプロセスにおいて,例外は見つけられるが,どうすれば増幅できるのかが曖昧なままである場合,スケーリングを用いて,例外がこれから起こる可能性について考えていくこともできます。
「1~10の目盛りで,10は可能性が最高にある,1はまったくないとして,例外(語られたよくなったこと)が,来週(来月,この先の時期)にまた起こる可能性はどれくらいでしょうか?」
「それが起こるために,どうしたらよさそうでしょうか?」
「これから先,それがもっと起こるためにどうしたらよさそうでしょうか? 誰がどうすればよさそうですか?」
「それをまた起こすために行うことで,一番大切なことは何ですか? 二番目は?」
「あなたの大切な人は,その可能性について,どう言うでしょうか? また,もしその可能性が増やせたら,その人はなんて言うでしょうか?」(関係性の質問)
次の段階への準備
EARSを丁寧に行ったら,次の段階に進む準備のために,スケーリングを活用するのが効果的です。
クライエントの現段階での進歩の状況と自信のレベルについて,スケーリングで確認します。
十分な「例外」(すでにできていることで助けになること)を見出し,「スケーリング・クエスチョン」に移り,一歩進んだ状態を確認して目標をつくり,それに役立つことを見出し,提案として伝えるわけです。この展開は「基本」にある通りです。
進歩について
「1~10の目盛りで,10は望んでいる解決の状態(初回面接で語った解決・奇跡の状態),1は面接を申し込もうと考えたときとして,今日(今週)はいくつくらいでしょうか?」
「その数まで来ているのは,生活の中でどんなことが起こっているからですか?」
「その数が,1上がったらどんな違いから気づきますか?」「他には?」
…ここから適宜,関係性の質問も用います。
自信について
語られたうまくいっていること(例外から見出された成果)を維持する自信がクライエントにどれくらいあるかについても同様にスケーリングで尋ねることができます。
進歩についてのスケーリングで答えられた数が納得のいく十分な数であれば,続けて,それを維持する自信について,スケーリングで尋ねることができます。
「その数字(進歩の数)を維持する自信がとてもあるのが10,その自信がまったくないのが0だとしたら,今はいくつでしょうか?」
「その数だと答えられる自信はどこから来ているのですか? その数だとどうやってわかるのですか?」
…続けて,自信の中身や,自信を増やすことについて話し合うことができます。
目標作りの更新
2回目以降の面接では,ミラクル・クエスチョンのような望む解決の姿を描く質問を繰り返す必要はありません。
進歩のスケーリングを用いることで,目標づくり(一歩進んだ状態)や,そのために何をするのが役立つのかについて,話し合っていきます。
(何もよい変化がなく例外がどうしても見つからない場合や,目標があまりに非現実的な場合など,ミラクル・クエスチョンなど望む解決をもう一度問うことから,やり直すこともあります)
目標がクライエントの状況に合っているかどうかについて,スケーリングを用いれば,その数値をもとに(それがいわばクライエントの状態や現状認識のアセスメントにもなり),目標の高低や増減がおのずと調整していけます。
2回目以降の面接では,EARSにあたる部分を時間的にもじっくりと行うことがミソです。
ⅴ)終結に向けて
終結を念頭に置く
「基本」(面接段階Ⅰ)で紹介したように,「アウトカム・クエスチョン」として,「ここでどのようなことが話し合われたら(生活がどう違ってくれば),この面接が役に立った(もうここに来なくて済むだろう)と思えますか?」と,初回面接で聞いています。
ここからもわかるように,解決志向ブリーフセラピーでは,初回面接から,クライエントと終結について考え,そこに向けて協力してやっていくというのが基本的な姿勢です。
当然,2回目以降も同じ姿勢です。
決して無理に早く終結しようとするわけではありませんが,終結をいつも念頭に置いて,何のために面接がどう役立ったらいいのかをクライエントと考えながら,進めていくのです。そこがブリーフセラピーとなるゆえんです。
終結の目安
2回目以降の面接では,進歩についてのスケーリングを用いることで,目標について対話しながら,自然に終結についても話し合えます。
「どの数字になったら,もう面接に来なくてもよくなりそうですか?」
また,数字が上がるのではなく,その数字を続けることで十分やれそうだという場合には,「自信をもってそれ(その数字の状態)を続けるには,何が一番大切ですか?」と聞くこともいいでしょう。クライエントがそれを知っていて,それができると思えるのであれば,面接を終結しても大丈夫な状態に来ていると,クライエント自身が気づいていきます。
3.2回目以降の面接事例
事例ユキさん(前回連載)の2回目以降の面接展開を見ていきましょう。
2回目以降の面接のなかで,停滞や後退などが生じることは臨床ではありえることですが,その面接のコツの一端をお示しします。
2回目の面接
(ユキさんは,前回より穏やかな表情,少しはにかんだ笑顔も見えます)
ⅰ)「例外」が語られる
「ユキさん,どうかしら? 何が少しでもよくなっていますか?」
「えっと,そうだなぁ…午前中だいたい9時くらいに起きれているかな。たまにお祖母ちゃんの家に行ったり,犬と遊んだりしている」
「そうなのね。どうやって9時には起きれるようになっているのかしら? お祖母ちゃんの家やワンちゃんは,ユキさんにどんなふうにいいのかな?」
「前よりあんまりいろいろ考えなくなった…自然に笑ったり…自分がどんなふうに時間を過ごすのがいいのかがわかってきたのかな,それを“まぁ,いいかな”って,あまり自分を責めないでいられている感じ」…(略)…
ⅱ)でも,よくなっていない…(停滞・後退)
「他にもよくなったことは?」
「でも,不安になる発作はある。漠然といつも来る感じ…う~ん,やっぱ治んない…」
「そうね,発作はまだあるよね…発作は,昨日は? 一昨日はどうだった?…先週は? 発作が来たらどれくらい続くの? 少しでも早く収まったときにはどうやったの?」
「あれっ,そういえば発作がない日もありましたね。発作も前より早く収まってるかも…う~ん,収まるというかちょっとやり過ごせるようになってきたのかな…」
「えっ? どうやってやり過ごすの? 発作がない日はあるときと何が違っているのかな? どういうことがいいのかしら?」
「発作があると,前は怖くなってダメだ~私って,発作が収まっても気分が落ち込んでた。でも,今は,“大丈夫,大丈夫”って,自分に何回も言って横になる。気が付いたら発作が楽になっていたり…そういえば,楽になったら,よっしゃ! ってご飯作っちゃったときもあった…」
「お母さんは,どんなところから,気づくのかな?」
「そういえば,職場にあまり電話してこなくなったって,思うかも」
「お母さんは,電話してこなくなったことを,ユキさんのどういうところからだと言うかな?」
「う~ん…焦らないで,前より自分で何とかできるようになってきたって,言うかな…あれっ? そういえば,薬飲み忘れている日が時々あるわねって,一昨日言われた…」
「自分で,焦らないで,どんなふうに何とかしてきているの? 薬を飲み忘れても大丈夫なのはどういうわけ?」
「焦ってもよくなるわけじゃないってわかったし…自分に大丈夫って言ってあげると少し落ち着く気がする。前はお母さんに言ってもらってたけど,もう別に自分で言えばいいし」
ⅲ)初回面接の提案は不発に終わる
「でも,部屋はまだ散らかったまま。衣装ケースは買ってもらったけど…元気だった時の服とか見るのもまだ嫌だし…昔のもの見ると,なんか情けなくなる…」
「どうなったらいいのかな?」
「う~ん,まだ片づけられない。部屋を片づけないと,推しのグッズ作りの場所がない。でも,早く取り掛かりたい…」
「数字で聞いてみてもいいかな? 0~10の数字で,10は推しのグッズ作りに早く取り掛かれている状態,0はそれがまったく無理な状態だとしたら,今はいくつくらい?」
「う~ん,4くらいかな」
「ほう,4まで来れているのはどうして? とりあえず,まずいくつになったらいい?」
「朝起きれているし,発作が来てもひどくはならないし,作りたい気持ちはあるから,4には来ているかな。まず7か8になったらいいのかな」
「7か8って,どんな状態?」
「う~ん…あ,そうか,部屋を片づけるのは後回しでも別にいいんだ…材料を物色しにいけたら8かなぁ」
「なるほど,じゃぁ,一つ進んで5になったら何が違う? 何をしている?」
「物色に行けるように,まずはちょっとチャリンコに乗って…近くをパア~っと走る…」
「そうするのに役立つことって?」
「あ,ちょっと化粧しないと,さすがにスッピンは,プライドが許さないわ」
ⅳ)自信と意欲のスケーリング
「プライドは大事ね! 化粧してチャリンコに乗る自信について,また0~10の数字で考えたら,いくつくらい?」
「あ,えっと,8かな。まず,午前中にお化粧して…うん,気分が乗ったらチャリンコ。近くのドラッグストアで,プチプラ(手ごろな価格)の化粧品見てきたいな」
「お化粧してチャリンコに乗る意欲について,数字で同じように聞いたら,いくつ?」
「意欲は,ほとんど10だな。話していたら,そうしようって,ホントに思っている」
ⅴ)フィードバック・メッセージ(提案)
2回目の面接では,ユキさんに,コンプリメントを伝えつつ,化粧とチャリンコ散歩,そして自分に“大丈夫・大丈夫”というおまじないをすること,役に立っていることをもっと続けることなどを提案して,また次回を約束しました。
その後の面接
ⅰ)停滞やぶり返しがありつつも
その後も,停滞やぶり返しが語られることはもちろんありましたが,粘り強く対話を続ける中で「例外」は次々と増えていきました。新たな心配事も扱いつつ,スケーリングを用いて,目標を更新しながら,一歩ずつ回復を掴んでいきました。発作は減り,服薬も必要なくなっていきました。
ⅱ)「例外」はあるが成功要因が見えない
ある面接の回で,高校の友人からメールが来てもまだ返信できない苦しさを語った際に,たまに返信できる「例外」は見つかりましたが,それがどうしてできたのかがわかりませんでした。
「これから先,平気でメール返信するのがもっと起こるためにどうしたらよさそうかな? それをまた起こすために行うことで,一番大切なことは何かしら? 二番目は?」
「う~ん,そうか~…やっぱり焦らないことが一番大切。“大丈夫,大丈夫”いつか平気で返せるからって思うこと。それと,プライドは大事にしていいってことかな」
終 結
7回目の面接で,進歩と自信についてのスケーリングをして,十分な答えが返ってきました。発作も服薬ももうありません。バイトを始める自信は,風邪をひかない限り10に近いとのことでした。
8回目の面接では,バイトで苦労しながらも,“大丈夫,大丈夫”と唱えて,一つずつ乗り越えていること,さらに自信がついてきたことが報告されて,終結となりました。
ユキさんの数年後は,前回連載で報告した通りです。
※事例は個人情報に配慮した合成事例であることをお断りします。
文 献
- De Jong, P., & Berg, I. K. (Eds).(2013)Interviewing for Solutions 4th.(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法 第4版─ソリューション・フォーカスト・アプローチの手引き.金剛出版.)
- Dolan Y. M.(2023)Solution-focused therapy (The Basics). Routledge.
- 黒沢幸子(2015)やさしい思春期臨床─子と親を活かすレッスン.金剛出版.
- 黒沢幸子(2022)未来・解決志向のブリーフセラピーへの招待─タイムマシン心理療法.日本評論社.
- 森俊夫・黒沢幸子(2002)森・黒沢のワークショップで学ぶ解決志向ブリーフセラピー.ほんの森出版.
- 田中ひな子(2020)解決志向アプローチ.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編:ブリーフセラピー入門─柔軟で効果的なアプローチに向けて.遠見書房,pp.54-62.
黒沢幸子 (くろさわ・さちこ)
目白大学心理学部心理カウンセリング学科/KIDSカウンセリングシステム
公認心理師・臨床心理士
得意領域:学校臨床心理学,ブリーフセラピー,児童思春期青年期心理臨床/家族療法
日本心理臨床学会,日本ブリーフサイコセラピー学会,日本コミュニティ心理学会等の理事や委員を務める。日本ブリーフサイコセラピー学会学会賞(13号)
内閣官房の依存症対策関連の会議や自治体のいじめ問題関連の協議会等の委員,教育センター,少年鑑別所,児童相談所等のスーパーバイザーや研修講師等を務める。
心理相談援助職向けのブリーフセラピー等の研修歴は25年余に渡る(KIDSカウンセリングシステム)。