黒沢幸子(目白大学/KIDSカウンセリングシステム)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)
解決志向ブリーフセラピーの「前提」や「姿勢」(前回:第4回連載)を踏まえ,今回から「技法」に入ります。(ホント,お待たせしました!)
1.解決志向ブリーフセラピーの主な技法は質問
質問はサーチライト
解決志向ブリーフセラピーの主な技法は質問です。
クライエントは質問をされることで,はじめてそこ(自分が望んでいる姿やできていることなど)に焦点が当たり(focused),今まで考えたこともなかったことに,答えながら気づいていくことになります。
クライエントが気づいたことは,自身の新たな現実になり,意味をもつものになり,クライエントの変化に結びついていきます。
質問によってどこに焦点を当てるのか(暗闇のどこにサーチライトを照らすのか)が,「解決志向」のセラピーの要,その成否を分けるわけです。
質問は「依頼文」
解決志向での質問は,「疑問文」というよりも,相手に「そのことについて,教えていただけますか?」と依頼する「依頼文」に近いものといえます。(遠山,2022)
質問についてのこの理解が,臨床をうまくする一つのポイントです。
2.面接の基本構造
面接構造はシンプル
解決志向ブリーフセラピーの面接の基本構造は,以下の通り,実にシンプルです。
【初回面接】 Ⅰ.傾聴しClの認識を学ぶ:面接がどんなふうに役に立ったらいいか? …質問(定番):「今日は,どのようなことでいらっしゃいましたか?」など Ⅱ.Clが望む解決像を描く:もっとも望んでいることは? どんな違いがあればいいか? …質問(定番):「ミラクル・クエスチョン」など Ⅲ.すでにできていることで助けになることを見出す …質問(定番):「例外」を探す質問,成功の責任追及など Ⅳ.一歩進んだ状態,進歩の小さな兆候を知る …質問(定番):「スケーリング・クエスチョン」など Ⅴ.承認・肯定的評価と提案(フィードバック・メッセージ) …コンプリメントと提案 【2回目以降の面接】 ・すでに起きている進歩の兆候は何か? …質問(定番):「何がよくなったか?(What’s better?)」 |
定番の質問
特に上記のⅡ~Ⅳの段階で用いられる質問,Ⅱの「ミラクル・クエスチョン」,Ⅲの「例外探し」と「成功の責任追及」,Ⅳの「スケーリング・クエスチョン」は,解決志向の顔ともいえるものです。
ただし,今では,定番の質問に加え,有用な質問のバリエーションが世界中で生み出されています。(質問のバリエーションや様々な工夫などは,後の連載回で紹介します)
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面接展開(初回)と質問技法 |
ここからは,上記の基本の面接構造【初回】のⅠ~Ⅴの面接段階に沿って,主要な質問技法を紹介しながら,各段階の要点を解説していきます。(臨床がうまくなることを願って!)
3.面接段階_Ⅰ.傾聴し,クライエントの認識を学ぶ
(1)導入
「Yesセット」を作る
まず,出会いの段階でクライエントとの間に「Yesセット」を作ります。来談したクライエントを尊重し,歓迎し,ねぎらうことが大切です。
そのために,面接の冒頭で,セラピストがかけた言葉に,クライエントが「イエス(はい,そうです)」と3回続けて答えられるように会話します。肯定的な関係作り(順接的な対話)へのスタートです。
「今日はとても暑いですね」「はい」
「ここは少し駅から歩くので,汗をかかれましたね」「はい,そうですね」
「部屋のエアコンが効き過ぎたら,言ってくださいね」「はい,ありがとうございます」
誰しもが,「Yesセット」などと考えずに行っていることですが,知っておくのは悪くありません。(これは,エリクソンの催眠コミュニケーションに由来する方法です)
「Noセット」は使いよう
ちょっといきなり脱線ですが,ちなみに,この逆は「Noセット」。
「いいえ」と否定される対話を3回続けて行います。それにより,対話において「いいえ」や「でも」といった逆説的な応答を引き出しやすくなります。ブリーフセラピーでいえば,戦略的なアプローチなどで用いられたりします。
(名付けて「あまのじゃく・セット」! 実は,思春期の子どもたちには必須の技です。「~してくれない?」「嫌!」×3回。次に,「君に,そんなことできっこないよね~?」「嫌,できる!」…あれれ~!?)
自己紹介・呼び名の確認・日常生活にあるリソース
はじめに自己紹介をし,クライエントをどう呼ぶといいかなどの確認をします。
カウンセリングの基本的態度とされる,受容・共感的な雰囲気,相手への肯定的で積極的な関心などは当然のこと。
そのまま自然な流れで,「普段どのように過ごしているのが好きか?」などを伺います。
ここですでに,クライエントのリソースが多く確認できます。
「では,(リク)さんとお呼びしますね,(リク)さんは普段どんなふうに過ごすのが好きかな?」
「学校に行くのはおっくうだけど……。まぁ,ゲームとかやるのは好き…楽しいかな…」
「そうね,ゲームはどんなふうに楽しい?」
「ゲーム自体も楽しいけど,友達とつながってやるのが面白い…」
「そうなんだ,友達とつながるのが面白いのね,いいねぇ…。つながるって,(リク)さんにとってどういう面白さや意味があるのかな? もっと教えてくれる?」
リクさんのゲーム好きは予想がついても,友達とつながることを面白いと思うことは,(セラピストや支援者には)新たな発見かもしれません。
このように,クライエントの興味・関心,価値をおいていること,望んでいること,できていること,得意なことなどを,早い段階から知り,解決に役立つリソース(材料)として認識し共有していきます。
面接の進め方を伝える
「今日はよくいらしてくださいました。〇〇さんですね。今日はこれから40分くらいお話を伺った後,10分くらい休憩をいただいて,お聞きしたお話について考えをまとめます。戻ってそれをお伝えして,ご感想をお聞きして終わりたいと思います。それでよろしいでしょうか?」
このように面接の時間の使い方をクライエントに説明し,了承をいただく。
面接の終盤に一度休憩(ブレイク)を取ってから,フィードバック・メッセージ(コンプリメントと提案)を伝えるのは,解決志向ブリーフセラピーの典型的な面接構成です。
しかし,本邦では休憩を取らないスタイルが大多数ですので,それに合った表現で伝えましょう。
クライエントが取り上げたいこと
続いて話を聞く際,「どんな問題でいらっしゃいましたか?」「ご心配なことを何でも話してください」といった聞き方はしません(しないんかい!)。
「今日は,どのようなことでいらっしゃいましたか?」
「ここで,どんなことを取り上げたいと思いますか?」
このような聞き方をしていきます。
クライエントが話したいと思っていることを聞くわけですが,来談に至った経緯や,不本意な気持ちで来ている可能性にも配慮した聞き方です。
(2)問題の描写を傾聴する
まずは傾聴から
クライエントは,面接を,困りごとや問題について話す場だと思っていることがほとんどです。
面接で取り上げたいことについて聞かれても,最初は困りごとや問題について説明することがほとんどでしょう(妥当なことです)。(「よくなっている状態を考えたい」と初めから述べる人は稀でしょ?)
クライエントの語りをしっかり傾聴し,具体的に理解できるように質問をします。クライエントの見方を尋ねて,その言葉を尊重します。クライエントが何を求めているのかを聴くという姿勢をもつことです。
(クライエントに,聴いてもらえていると実感してもらえることはとても大切です)
質問は大切ですが,原因の探索目的の質問はしません。問題の同定や原因の探索については,(多くの主要な「問題志向」のアプローチのようには)時間と労力をかけません。
傾聴するも巻き込まれない
傾聴に注力して,問題の詳細に入り込み過ぎると,(クライエントは繰り返し問題を語ることが多いですから)巻き込まれてしまい,問題の語りは膨張して,双方が解決から遠ざかってしまいます(どよ~ん…落胆のため息…セラピストは焦る…)。
(解決志向の初心者の方は,ここで苦戦することが本当に多い! 「傾聴」をよく学んでいたとしても,傾聴の方向性が少し違うのです。)
最初に取り組むべきこと
もし語られる問題が複数ある場合には(問題は,あれこれと芋づる式に出てくることが多いものです),困難な状況にあることを十分に認めたうえで,次のように質問します。
それによりクライエントの認識と自己決定が尊重されます。
「最初にどのことに取り組んだらいいでしょうか?」
「生活の中でどんなことがあるから,最初にそれに取り組むのがいいとわかるのですか?」
重要な人物と出来事,キーワード
傾聴において大事なことは,クライエントの語りの中で出てくるクライエントの重要な人物と出来事に注意を向け,繰り返し用いられるキーワードを見出すことです。
クライエントの問題の認識と用いられる言葉を学び,その思考の枠組み(frame of reference)を知ることです。
クライエントの言葉を用いて質問をつくる
これから面接のどの段階においても,クライエントが使った言葉(キーワード)を埋め込んで,次の質問をつくっていきます。そうすることで,クライエントの思考の枠組みから外れない,それに沿った質問をしていけるようになります。
問題の語りに「過去の成功」を見つける
問題の語りを注意深く聞いていると,クライエントが,状況がよくなるようにすでにやってみたことや,なんとかやり抜いたり,少し改善したりしていることなどが,(必ず)あります。当然ですが,クライエントは意識せずに話しています。
傾聴によって,クライエントが求めていること,そこにたどり着ける可能性の手がかりを見出していきます。
「過去の成功」や「例外」,リソース,強みの兆候,能力,達成したこと,望んでいることに注目して聞き取ることです。それについて,どうやってそれができたのかを尋ねること。それが,問題の語りを傾聴する中で行う意味のあることです。
そして,それに応じて,感銘や敬意,労い,肯定的評価を,自然な形で伝えます(コンプリメント)。
(おっと,解決志向を実践している中堅が陥りやすいのは,これを拙速にやり過ぎてしまうこと。クライエントは,どんなにつらく大変かを知ってほしいのに,「こんなことはもうできてるじゃないですか(だから大丈夫ですよ)」といわんばかりに拙速に聞かれると,大変な状況を分かってもらえない,自分の問題を矮小化されているなどと感じたりしてしまいます。あらためて,傾聴によって,クライエントの問題の認識と言葉を学んでいくことの意味を再確認してください。)
(3)新たな認識と可能性をつくる対話に誘う
事例を例に挙げて,考えてみましょう。
ある母親の初回面接の語り
次男は登校しぶりが激しく,自分(母)が毎日付き添って登校しています。天候,先生,給食など,嫌なものが次々変わって不安定になります。教室に入れないことが多く,保健室待機や早退の日々です。夫(父)は精神的な不調でしばらく休職していました。長男も以前2年間近く不登校でした。自分(母)も持病があり,次男のことで疲労困憊しています。このまま次男を不登校にしたくないので,家族でなんとかしたいと思って,今日は夫にも一緒に来てもらったんです。でも,もう限界です。
選択して質問をつくる
事例の問題の語りの中にも,「過去の成功」にあたることや,解決の方向に役立つ可能性やヒントとなるものがあります。そこに注目して,それを選択し,クライエントが気づいていけるように,質問をします。
そのなかに,クライエントの使った言葉(キーワード)を埋め込みます。質問は,十分に問題の語りを聴いたうえで,その語りの流れや進み具合に合わせて,行います。
「ご両親とも体調がすぐれない中,そろって来談してくださいました。次男さんのことに家族でどうやってこのように協力してやっていけるのでしょうか?」
「母ご自身も大変な中,付き添い登校を毎日どうやって続けられているのでしょうか?」
「ご長男は不登校から,どのように回復されたのですか? ご両親はどのような工夫や努力をされたのでしょうか? その経験はどのように役立てられそうでしょうか?」
「ご次男は嫌なものが次々変わっていくと言われましたが,天候,先生など,一つひとつが嫌でなくなっていくのは,どうやって大丈夫になっているのでしょうか?」
(これらの質問はあくまで例です。この順番で聞くというものでもありません)
それぞれの質問は,父も母も体調がすぐれない,家族でなんとかしたい,付き添い登校を毎日している,長男も不登校だった,嫌なものが次々変わっていくといった,問題の語りの中にあった言葉(キーワード)を用いてつくられています。
新しい認識をもち,未来への新たな可能性をもつ
この母親は,これらの質問を含む対話のプロセスから,自分たち家族が,お互いに繊細ながら,なんとか協力し合いながらやってきたこと,それぞれが頑張ってきたこと,そして,それなりになんとかなっていることに気づいたと,驚いたように語り始めました。
そういえば,次男は,学校から帰ってくると,「僕,がんばった? 偉い?」と聞いてくることを思い出し,甘えてばかりいると否定していたが,彼なりにがんばっているのかもしれない…と,対話のなかで発見していきました。
「彼なりにどんなふうにがんばっていますか? …ほかには?」対話は続きます。
対話は,質問と応答のプロセスです。そのプロセスを通じて,たとえば「こんなふうに考えたことはなかった」「思っていたより,自分たちは子どもたちに良い両親だったのかもしれない」などといったクライエントの発言によく出会います。
このような,面接初期からの対話によって,セラピストもクライエントも,問題や状況に対して新しい認識をもち,未来への新たな可能性をもつようになっていきます。
試してみたことを聞く
問題状況が一通り語られた中で,クライエントが問題に対処するためにどんなことを試みたかについて,聞いておくことを定番にするのもいいでしょう。
そして,クライエントが行ったことですでに役に立っていることを引き出し,認識できるようにしておくことです。
「どんなことを試してみましたか?」「それは,どのように役に立ちましたか?」
(初心者の方は,問題の描写を一通り伺うなかで,「過去の成功」についての質問などがまだうまくできなくとも,まずこの質問をすることを心がけてみてください!)
4.面接段階_Ⅱ.Clの望む解決像を描く
(1)プロブレム・トークからソリューション・トークへ
クライエントの焦点を移す
問題に打ちひしがれ無力感を感じていたクライエントが,なんとかやっていけそうだという可能性を抱き,問題状況から抜け出していくためには,どんな生活や未来を望み,現状をどう変えていきたいのか,どんな違いが生まれればいいのか,自分が解決にどうかかわっていくのかということに,クライエントの焦点を移す必要があります。
(「問題の話は問題の話を引き出し,解決の話は解決の話を引き出す」という法則…深い!)
ソリューション・トークへ舵を切る
クライエントが問題状況について語り,セラピストによく聞いてもらえたと思えた時点(できれば,新しい認識や未来への新たな可能性のヒントが見えてきたあたり)で,ソリューション・トーク(クライエントが望む生活の中の違いについての対話)に舵を切り,それが増幅されるように進めていきます。
この転換は,初回面接の10分以内くらいのタイミングで,取り組み始めるといいと言われます。(オー・マイ・ガー! 紙面を費やしてきた面接段階Ⅰ.の話は,面接開始約10分程度のこと!? …まぁ,あくまで目安として)
とはいえ,舵を切ったら,一気加勢にソリューション・トークで進められるというわけにはいきません。舵を切っても,船は荒波に揉まれながら,その操縦には,忍耐力,持続性,技術が求められることになります。
(2)解決に向けての違いを聞く質問
望む生活の中での違いを聞く
次のような質問をしていくことで,ソリューション・トークへ舵を切っていきます。
「~ということなのですね(語られた困っていることなどの要約)。大変でしたね。よくお話ししてくださいました(~のようなことはすでにされてもいらっしゃるのですね)(共感や労い,承認などを伝える)。この状況(生活)が,どうなればいいのでしょう?」
「それが,良い方向/望ましいほうに進んだとしたら,あなたや周囲の状況はどうなっているでしょうか?」
「どんなことから,そうなった(良い状態になった)ことがわかるのでしょうか?」
「そうなったら,どんなふうに違ってきているでしょうか?」
アウトカム・クエスチョン
「この面接での時間がどんなふうに役立てば良いですか?」
「ここでどのようなことが話し合われたら,この面接が役に立った,今日ここに来てよかった(もうここに来なくて済むだろう)と思えますか?」
アウトカム・クエスチョンは,面接によってクライエントにどんな違いやアウトカム(結果)が生まれればいいかを教えてもらう質問です。
(3)ウェルフォームド・ゴールをつくる
ウェルフォームド・ゴールの特徴
クライエントは,望む生活の中の違いについて,漠然とした抽象的な答えをすることが多いものです。
たとえば,「イライラせずにやさしくなって,家族に当たらないようになれば,もっと落ち着いた生活ができるでしょう」といったものです。
このようなまだ漠然としている説明を,望む生活が実現しているときの具体的ではっきりとしたイメージで語ってもらえるように,クライエントとの対話を進めていくことが必要です。
以下の条件が満たされるように,忍耐強く対話によってウェルフォームド・ゴールをつくっていきます。
まず,クライエントが望んでいること,クライエントにとって重要なことであること。 ①大きなことでなくて,小さなこと …クライエントの生活状況からして,現実的で達成可能なこと。 ②抽象的ではなく具体的なこと …特定の行動レベルの言葉で表現する。 ③「~しない,~がなくなる」ではなく,その代わりに「~する,~を始める」として述べられること …問題の不在や終わりではなく,他の存在や始まりとして表現する。 |
ウェルフォームド・ゴールをつくるチャレンジ
ゴールについて,クライエント自身が考えて,自分の言葉で答えてもらえるようにするには,専門家からの提案をしたくなる誘惑を抑え,「知らない姿勢」を保ち,クライエントの言葉を用いて質問し,「一歩後ろから導く」ことをしなければなりません。
このプロセスはクライエントとセラピストの双方にとって,言うほどたやすいことではありません。しかし,クライエントが漠然としかもっていないゴールだからこそ,セラピストとの共同作業のなかで,これらのウェルフォームド・ゴールの条件に沿うように形作っていく意味があります。
(4)ミラクル・クエスチョン
ミラクル・クエスチョンの発見
解決志向ブリーフセラピーの顔ともなっているミラクル・クエスチョンですが,過酷な状況にあるクライエントとバーグBergの会話から見出されました。
「何が起こったらいいかなんて,わかりません。問題が多すぎて,奇跡でも起きなきゃどうにもならないんです」
「わかりました。奇跡が起こり,あなたの問題が解決したとしましょう。あなたの生活はどう違ってきますか?」
問題山積で行き詰っていたクライエントは,この質問を契機に今までとは違う望む生活状況,解決の状態を話し出したのです。奇跡が生むのは非現実的なことではなく,意外にも無理のない現実的な生活であり,それを目標にして進むことができるようになったのです。
ミラクル・クエスチョンは,ウェルフォームド・ゴールへのプロセスを開始し,展開していくもっとも定番の質問として用いられるものになりました。
ミラクル・クエスチョン
「ここで少し変わった質問をしたいと思います。少し想像力がいるかもしれません。
今日の面接が終わった後で,家に帰ってお休みになったと考えてください。
あなたが眠っている間に奇跡が起こって,今日,ご相談に来られた問題が解決したとします。でも,あなたは眠っているので奇跡が起こったことはわからないわけです。
明日の朝になって,夜中に奇跡が起こって相談に来られた問題が解決したことをあなたに教えてくれる,最初の小さな事柄はどんなことでしょうか? どのような違いに気がつきますか?」
解決のイメージを具体的に広げる
①広げるための質問
「他には?」「それから?」「そうなると生活はどのように違ってきますか?」
②具体化するための質問
「例えば?」「どのように?」「まず?」「どんな場面で?」「誰に(と)?」
「~しない代わりに,どのようなことをしていますか?」
関係性の質問
続けて,他者の視点で考える質問を展開します。
「奇跡が起こったことに,最初に気づくのは誰でしょうか?」
「その人はどんな変化に気づきますか?」
「変化に気づいたその人は,どんなことをするでしょうか? 今とどんな違いがありますか?」
出来事とその意味を,相互関係の中で語ってもらいます。クライエントが,ある関係の中で前向きな変化を起こせば,それは波及効果を起こし,他の関係でもよい変化が起こりやすいのです。
関係性の質問は,ミラクル・クエスチョンに限らず,解決を増幅させる主要な技法です。
聴き方のコツ
穏やかにゆっくりと,少し声を柔らかく低くして話します。
解決像を描くのは,イメージ作業ですから,動画を見ているように語ってもらいます。クライエントとセラピストは,向かい合ってアイコンタクトするというよりも,スクリーンをお互いに眺めているように同じ方向を眺めて語るような状況をつくります。
解決の姿を粘り強く教えてもらう
初めは「わかりません」という答えが返ってきやすいことは,デフォルトだと思ってそれを想定しておくといいでしょう。想像力のいる奇妙な質問ですから,当然です。
「ほんの小さな奇跡が起こったら?」「問題が解決したら…?」「何が違ってくるでしょう?」「どんなことから気づくでしょう?」「朝起きた瞬間から気づきますか?」
このように,さらに質問を工夫して,ゆっくりと間を取りながらクライエントのペースに合わせて,問い続けていきます。
ミラクルと言わない,汎用性の高い質問
解決の姿やウェルフォームド・ゴールをつくるために,応用範囲の広い使い勝手のいい質問を用いることもできます。
「奇跡なんて起きません」という反応もあるでしょう。諦めずに,言い換えて問うことができます。
「問題が解決するか,少しましになったとしたら,生活はどのように違ってくるでしょうか?」
ミラクル・クエスチョンのもつ仕掛け
①今晩に起こる
奇跡が起こるのが,「今晩」であるのは,解決の状態は明日にでも起こりうるというメッセージでもあります。クライエントは,自分や生活はすぐには変わらないと思っていることが多いものです。
②他力本願
「寝ている間に起こる」のは,いわば他力本願です。自力本願的に訊くと,方法論の話が出てきやすくなります。まずは方法論の話を避けて,望む解決の姿を描きたいのです。
③問題の解消ではない
どんな「違い」に気づくかを尋ねているのは,差異を表現してもらうためです。解決の姿や望んでいる生活の状況は,問題の部分が変化しているだけでなく,すべての状況が根底から覆されて変化している可能性があります。
「解決」は問題の解消ではない
たとえば,夕方以降に食べ吐きをする摂食障害のクライエントであれば,奇跡が起こった後の生活が,夕方以降に食べ吐きをしないだけではなく,朝早く気持ちよく目覚め,母親と元気に挨拶をし,鼻歌交じりに……。というように,朝起きた時から違いがある状況が描かれていくことがほとんどなのです。
このクライエントにとっての解決の姿は,単に食べ吐きが解消することだけではなく,朝から活き活きと,家族とも楽しく生活する具体的な1日なのです。
このことからもわかるように,解決志向ブリーフセラピーにおける「解決」は,問題解決(問題の解消)ではなくて,望む未来の生活状況,ありたい姿としての解決をつくることなのです。
さて,次回第6回は,面接段階Ⅲ.「例外」から入っていきます。(ついてきてくださいね)
文 献
- Berg, I. K., & Miller, S. D.(1992)Working with the problem drinker: A solution focused approach. New York:Norton.(斎藤学監訳,白木孝二・田中ひな子・信田さよ子訳(1995)飲酒問題とその解決─ソリューション・フォーカスト・アプローチ.金剛出版.)
- De Jong, P., & Berg, I. K. (Eds).(2013)Interviewing for Solutions 4th.(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法 第4版─ソリューション・フォーカスト・アプローチの手引き.金剛出版.)
- 黒沢幸子(2020)ブリーフセラピーと「問う力・聴く力」.臨床心理学,20(4); 402₋406.
- 黒沢幸子(2022)未来・解決志向のブリーフセラピーへの招待─タイムマシン心理療法.日本評論社.
- 森俊夫・黒沢幸子(2002)森・黒沢のワークショップで学ぶ解決志向ブリーフセラピー.ほんの森出版.
- 田中ひな子(2020)解決志向アプローチ.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編:ブリーフセラピー入門─柔軟で効果的なアプローチに向けて.遠見書房.pp.54-62.
- 遠山宜哉(2022)ブリーフセラピーがもたらす質問の知恵.In:日本ブリーフサイコセラピー学会編:臨床力アップのコツ─ブリーフセラピーの発想.遠見書房.pp.21-29.
黒沢幸子 (くろさわ・さちこ)
目白大学心理学部心理カウンセリング学科/KIDSカウンセリングシステム
公認心理師・臨床心理士
得意領域:学校臨床心理学,ブリーフセラピー,児童思春期青年期心理臨床/家族療法
日本心理臨床学会,日本ブリーフサイコセラピー学会,日本コミュニティ心理学会等の理事や委員を務める。日本ブリーフサイコセラピー学会学会賞(13号)
内閣官房の依存症対策関連の会議や自治体のいじめ問題関連の協議会等の委員,教育センター,少年鑑別所,児童相談所等のスーパーバイザーや研修講師等を務める。
心理相談援助職向けのブリーフセラピー等の研修歴は25年余に渡る(KIDSカウンセリングシステム)。