藤森和美(武蔵野大学 名誉教授)
シンリンラボ 第42号(2026年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.42 (2026, Sep.)
災害,事件,事故,犯罪被害,虐待,いじめ被害,性暴力被害などトラウマティックな体験をした子どもにとってのトラウマの影響は,脳と身体に影響を及ぼすことが,逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experience)の疫学研究で判明している。特に子どもの脳神経発達に悪影響を及ぼすことは,大きな発見であった。
子どもが体験するトラウマティックな体験も単回のものもあれば,複数回,生まれながらの環境そのものから長期的に暴露されている場合と実に多様である。さらに子ども自身が体験からくる身体の不調や不安や怒り,孤独,悲しみなどを言語化できるかというと,発達段階にもよるが難しいことが多い。加えて本人も周囲もトラウマの影響と捉えてないことも多いし,そのうち消失するという楽観的な立場をとり放置されている現実がある。脳への影響は外部から見えにくいために,教育,福祉,医療のどの臨床現場でもセラピスト側が今一つトラウマ治療に踏み込めていないと感じる。
本著では,トラウマの脳への影響を明確に示してくれている。プレイセラピーでは,子どもの自由遊びを用いセラピストとの関係性の中で変化をもたらす技法が多く取られている。しかし,著者は自由遊びと指示的アクティビティを組み合わせ,指示的アクティビティでは脳のどの領域に働きかけるかを明確にし,その回復を促すとしている。深呼吸によるリラクセーションをするためのものではなく,脳幹の覚醒システムや交感神経,副交感神経の機能回復に焦点を置き,セラピストが遊びの目的を理解し意識することで効果をもたらすことを意図している。
たとえば脳幹を対象とした指示的アクティビティ「守り風船呼吸」は,単に副交感神経に直接的に影響を与えることを意識して実施する。子ども自身が理解しやすく,何より保護者に対して,プレイセラピーの意義を説明することができる点は非常に画期的である。セラピーが進んでいく中で,子どもが家庭内や学校で問題行動を起こす場合があり保護者がセラピストに不信感を抱くことがあるが,説明責任を果たす意味でもプレイセラピーでは何をしているのかを保護者に理解してもらう努力が必要で,その際に脳機能との関連を説明する助けになると考える。「子どもと一緒に楽しく遊びました。」「今日は,野球ゲームをしました。」「お片付けができませんでした。」といった説明だけでは,保護者の心理的不安を置き去りにしていると言える。
指示的アクティビティの実施にあたり,対象年齢や方法を丁寧に示され注意する点が細部まで書かれており,初心者セラピストにもわかりやすい。内容には,導入の手順,丁寧なワークまであり練習がしやすいのが実践的である。事例も豊富で,著者の臨床経験の豊かさを共有できて非常に有難い。またこれらの技法は,プレイセラピーだけでなく言語的セラピーの中でも利用できる点が有用である。もちろん前著の『はじめてのプレイセラピー』(誠信書房)を先に読んでもらうことをお薦めする。
藤森和美(ふじもり・かずみ)
武蔵野大学 名誉教授
博士(人間科学)
資格:公認心理師,臨床心理士












