書評:『メンタライジングの視点による臨床的面接』(上地雄一郎著/遠見書房)|評者:大橋良枝

大橋良枝(京都文教大学
シンリンラボ 第41号(2026年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.41 (2026, Aug.)

本書の中核には,学際的な背景をもつメンタライジング理論の難解さを乗り越え,それを正確に理解しようとする筆者の努力と,英国で生まれた理論を日本の臨床現場で実用可能な形へと翻訳しようとする情熱がある。同時に,理論を創り上げてきた先人たちへの深い敬意と,その思考や立場を理解しようとするメンタライジング的な姿勢,さらには本理論を学ぼうとする読者がどのように理解しうるのかを問い続ける視点が,一貫して流れている。

この中核は,主に三点から説明できる。

第一に,本書はメンタライジング理論の学際的広がりを踏まえつつ,その統合的体系を正確に理解することを主眼として展開されている点である。著者はブレンターノやアントノフスキーらの思想的背景を踏まえながら,急速に更新される理論を無批判に追うのではなく,日本の臨床文脈に適合させるための丁寧な言語化と翻訳を行ってきた。その過程は,評者がグループスーパービジョンやトレーニングの場で共有してきた経験からも理解できる。本書はその蓄積の上に成り立ち,臨床家が理論理解から実践へと移行するための確かな羅針盤を提示している。

第二に,著者の実践志向と倫理的姿勢が,本書の価値を強く支えている点が挙げられる。MBTにおいて重視されるアドヒアランス(遵守)は,理論を正確に実現するという倫理的要請として機能しているが,著者もまた,この執筆のプロセスにおいて原典の意味を損なうことなく伝えるためにアドヒアランスを保とうと対話的検証を重ねてきた。その過程には,ベイトマン博士,フォナギー博士,アレン博士といった,メンタライゼーションの創始者たちとの継続的なやり取りがあったことは,本書のとおりである。こうした過程を踏まえて得られた智を筆者は,国内において十分な訓練機会を得にくい臨床家に対し意味を歪めたり損なったりすることなく伝えようと試みた。ベイトマン博士にもその実施の承認を得て,筆者はワークショップを開催したのだが,その資料が本書として結実したのであり,まさに本書は実践的倫理の結晶といえよう。

第三に,本書の構成と具体例は,臨床場面における再現性を高めるよう周到に設計されている。第1章では歴史的・物語的文脈の中でMBTの位置づけを示し,専門家としての概念地図を提供する。続く章では,アセスメントから面接介入,トレーニングに至るまでを具体例とともに提示し,理論と実践の往還を可能にしている。付録の「母親面接の覚書」は,まさに若手臨床家が直面する困難に寄り添う内容であり,読者自身がメンタライズされる経験を支える重要な資料となっている。実際,評者の周囲の若手臨床家にも「何度も読み直したい」と読後に伝えてくる者がいた。彼らの臨床的困難に光を届けるような読書体験だったようである。

総じて本書は,ヨーロッパで生まれたメンタライジング/MBTの理論を,妥当性を備えた形で本邦の臨床家に届けようとしてきた筆者の姿勢が結実した一冊だといえよう。初学者にとっての優れた入門書であると同時に,専門性の更新を志すすべての臨床家にとっても示唆に富む必読書である。

『メンタライジングの視点による臨床的面接』(上地雄一郎著/遠見書房)
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大橋良枝(おおはし・よしえ)
京都文教大学臨床心理学部教授
資格:公認心理師・臨床心理士・MBTプラクティショナー・グループサイコセラピスト(日本集団精神療法学会認定)
主な著書:『学校でグループ・アプローチを活用する手引き─スクールカウンセラー・教職員のためのメソッド』(相田信男監修/大橋良枝・梶本浩史編,遠見書房),『愛着障害児とのつきあい方―特別支援学校教員チームとの実践』(金剛出版)
趣味・特技:華道(小原流二級家元教授)

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