書評:『精神療法という治療技術の科学』(アラン・ショア著,小林隆児訳/遠見書房)|評者:岡野憲一郎

岡野憲一郎(本郷の森診療所・京都大学)
シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.)

アラン・ショア著 小林隆児訳『精神療法という治療技術の科学』は600ページ近くの大著である。そこにショアの生産性や情熱が込められているような本だ。

ショアは日本ではまだあまり名前が知られていないが,米国で活躍する心理学者であり脳科学者であり,精神分析的な臨床家である。年齢は80歳を超えているが,そのエネルギーは衰えることを知らず,多くの著作を世に出し続けている。現代に生きる精神医学や臨床心理学の関係者はショアという名前や彼の業績を無視することは出来ない。彼こそが精神科臨床の新しい方向性を強力に打ち出している人物の一人なのだ。そして本書の訳者でもある小林隆児先生は,ショアに共感し彼の業績を世に知らしむべく尽力されている,我が国におけるショアの教えの貴重な伝道師ともいうべき存在なのだ。

ただ学会の書籍売り場などでこの書を目にした事情通の読者はその分厚さに圧倒されるかもしれない。それにかなり高価(9,020円)でもある。その場合にはすでにわが国で出版されている本書よりは求めやすい分量や価格の『右脳精神療法』(2022年),『無意識の発達』(2023年)か,あるいは小林先生の『アラン・ショア入門』(2024年)を先ずは手に取ることをお薦めする。

  ショアは根っからの臨床家であり,同時に現代の脳科学や愛着理論,トラウマ理論などを貪欲に吸収し,かつ体系化し,それを臨床に還元する力を持っている。一人の人間になぜこれほどいくつかの能力が備わるかが信じがたいくらいである。私は特に彼の「全方位外交」とでもいうべき,柔軟でかつ寛容な姿勢にも感銘を受ける。通常なら脳科学や愛着に基づく論者は多かれ少なかれ反フロイト的であるが,彼はそうではない。フロイトの無意識の理論に敬意を表しつつ,(右脳による)無意識が(左脳による)意識に先立ち,それは生後1,2年の間に養育者との関係において成立すると説く。この脳科学の立場からフロイトの理念を継承する姿勢は,近年の神経精神分析neuro₋psychoanalysis のスタンスに近い。

ただしこのショアの全方位外交的な立場はフロイト派の精神分析におけるフロイトの流れをくむエスタブリッシュメントたちから敬遠されたジョン・ボウルビイにもハインツ・コフートにも,さらには関係精神分析のフィリップ・ブロンバーグなどに熱烈なエールを送っている。このような姿勢がショアの持ち味なのであり,現代のパラダイムシフトを牽引する力となっているのだ。

この書評をお読みの読者はぜひ本書を手に取り,その醍醐味を味わってほしい。

『精神療法という治療技術の科学』(アラン・ショア著,小林隆児訳/遠見書房)
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(おかの・けんいちろう)
1982年 東京大学医学部卒業,1987年 渡米,米国精神科レジデント,精神科専門医,2004年 帰国後,2014年~2022年 京都大学教育学研究科教授,2022年 本郷の森診療所院長

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