田中康雄(北海道大学名誉教授)
シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.)
2026年の年始は,本書からはじまった。
本書は門先生が精神科医になるまえの小史と精神科医になられてからの生きざまという,「自身が歩んできた道程」をまとめられたものである。
他人の人生を覗き見することは,ある意味自分の人生を見直すことにもなる。関心がある人なら,なおさらその人の人生に己に重ねる。その人個人にはあまりゆかりがなくても,読み知ることで,自身の生き方に影響を及ぼすこともある。
門先生とは個人的な飲み会に複数回同席させていただき,京都でも馴染みのお店に呼んでいただいたご縁がある。そこでなにかと語られるプライベートなお話と,参加してお見かけする日本児童青年精神医学会総会でのご様子を何度も想起しながら読ませていただいた。
僕が知る門先生は,学会や医療現場では,ともかく正直で素直で,時に「すぎる」ことも少なくなく,頑固に見える(というかほぼ常時)。あるとき,日本児童青年精神医学会総会の不登校のシンポジウムのときだった。演者発表のあと,門先生が質問としてマイクの前に立った。本書にも書かれているように,心の疲労説という立場で,壇上の演者と「納得いくまで」質疑を繰り返した。結果は時間切れ無効試合であったが,鮮明な記憶として残っている。門先生のお名前は,本書にもある「自閉症CT研究の批判的考察」からはじまる一連の問題提起で知り得ていた。当時は,「闘士」というイメージで捉え,鋭く言及する姿勢に,憧れたが,自分には決して真似出来ないとも痛感した。
しばらくして,縁あって飲み会に参加したとき,先生の無邪気さを見ることが多々あった。そこにはやはり素直さがあり,純粋さがあった。調子に乗って話をしていると,やさしく頷きながら,はて,と急に真顔になり,譲らぬご意見をいただくことも多々あった。飲み会であろうと学会会場であろうと,門先生は門先生だった。
僕は,門先生にはアンデルセンの「裸の王様」の最後に登場する,王様は裸だと言う少年が重なる。周囲の思惑よりも,見たこと,感じたことを,自分のなかで整理して,自分の言葉で発する。感情的な許せなさにも十分な根拠を持って対峙する。あの少年は,こんな大人になったのだ。
精神科医は,我が師という方を心に抱え,その方と心のなかで語り合いながら仕事をしている。少なくとも僕はそう思って,複数の師を心に留め置いている。当然門先生もそのなかの師であるが,一つだけ正直なことを言わせてもらうと,本書にも散見し,飲み会では乱発される,駄洒落のような言葉遊びには戸惑っていた。ただそのときの門先生が見せる「やったぜ,どうだ」という満足した表情を僕は大好きでもある。
さて,一人の精神科医が正直に,時にユーモラスに,時に執拗に,行きつ戻りつ,ありのままに,己の人生を綴った本書,皆さんはどう読まれるだろうか。これは希有な本である。多くの門ファンだけでなく,それ以外の方々にも,ぜひ読んでいただきたい。
田中康雄(たなか・やすお)
北海道大学名誉教授
児童精神科医,臨床心理士










