岡野憲一郎(本郷の森診療所)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
本書は2017年に発刊された『週一回サイコセラピー序説─精神分析からの贈り物』(北山 修・高野 晶編,創元社)の内容を踏まえた形で編集され,出版されたものである。本書には「序説」の高野 晶氏に加えて山崎孝明氏の強いリーダーシップとエネルギーが結実している。この「週1回」の議論は,週四回以上の高頻度のセッションによる精神分析とは異なる低頻度の精神療法を精神分析的に行うことの意味ないし是非をめぐってこの10年余り続いているが,本書はその全体を俯瞰するうえで最良の書となっている。本書が時宜を得てまとめられたことで本テーマは確実に学問的に前進していくであろう。
本書の優れた点は,「週1回」の議論の先駆けとなった高野氏に加えて藤山直樹氏,岡田暁宜氏といった論客の寄稿や,この議論を推進した山崎氏,関 真粧美氏,山口貴史氏,縄田秀幸氏といった若手の療法家の原著論文の再録を含む論考が掲載されていることである。そのためこの議論のすそ野の広がりを伝えてくれている。そしてさらには「週1回」の議論に並行していわゆるPOST(精神分析的サポーティブセラピー)の流れも追うことができる。
「週1回」の議論がはらむ問題は何か? それは本来の精神分析における作用や力動をそこに再現することができないのではないか,いわば精神分析未満の治療ではないか,という懸念を多くの療法家に抱かせることである。「週1回」の療法家の多くは精神分析理論に基づく教育やトレーニングを経ているが,彼らは現実には時間的にも料金的にも週に一度が限界である大多数のクライエントを抱えている。その彼らがそれでも「週1回」をどのように精神分析的に,しかし本来の精神分析その違いを意識しながら行うかについての呻吟が実によく伝わってくるのが本書である。
ところで本書の論者たちはおおむね一つの合意事項に沿って議論を展開しているといえる。それは基本的には伝統的な精神分析観に従ったものであり,ジェームズ・ストレイチーが1934年に提唱した「変容惹起的解釈」,現代的に言えばヒア・アンド・ナウにおける転移解釈を精神分析の「治癒機序」(有効性)の主要なものとして位置づける立場である。それに従えば「週四回では成立する力動は,週1回では無理である」という藤山氏の議論は非常に説得力があるのである。しかし現代の精神分析を広く見渡せば,何が精神分析の「治癒機序」なのかという議論はストレイチーを超えてさまざまに提唱されるようになっている。その点の言及はあまり見られないことがそれが本書の特徴でもあろう。
最後に評者の感想も申し添えよう。評者は「序説」で担当した章で「週1回でも精神分析的な作用は生じる」という見解を述べてある。そこでは精神分析的な「治癒機序」は,ある種の「出会い」や「モーメント」(D. Stern,村岡倫子など)ないしは精神分析的瞬間(藤山,山口)であり,それは週1回でも生じ得るという立場を示した。これは現代の関係精神分析の立場に通じるが,要するに回数という「量」ではなく「質」を重んじる立場である。そのような方向からの週1回の議論も可能であろうと考える。しかしこれはいわば外野からの感想であり,本書の価値をいささかも損なうものではない。いずれにせよ本書を心理療法家必携の書として高く評価したい。
(おかの・けんいちろう)
1982年 東京大学医学部卒業,1987年 渡米,米国精神科レジデント,精神科専門医,2004年 帰国後,2014年~2022年 京都大学教育学研究科教授,2022年 本郷の森診療所院長