書評:『死と向き合う心理臨床』(祖父江典人編/日本評論社刊)|評者:牧野史織

牧野史織(京都大学医学部附属病院)
シンリンラボ 第26号(2025年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.26 (2025, May.)

本書は,「死と向き合う心理臨床」のテーマのもと,多様な領域の専門家15名によって執筆されたものである。序論において,編者の祖父江氏は人と人とのつながりが希薄な昨今の世相を「薄っぺらい」と称し,「この薄っぺらくも欺瞞的な社会において, 死と真摯に向き合うことは可能なのだろうか」という問いを読者に投げかける。心理臨床家として,自分は死と向き合う覚悟ができているのか。死に直面する患者さんに対して誠実に,真摯に向き合うことはできているのか。本書では,そのような問いに対しての著者一人一人の向き合い方が丁寧に論じられている。

本書との出会い──リエゾン心理士の立場から

評者は,これまでの臨床において, 身体疾患の患者さんと関わる機会に乏しく,関わっている患者さんが亡くなるという経験はないに等しかった。そのような中で大学病院に入職し,精神科リエゾンチームの心理士としてがん, 心不全, 移植領域など様々な疾患で入院する患者さんに関わるようになった。そこでは,時として関わっていた患者さんの死に直面する。心理士として今の自分に何ができるのか。患者さんや家族にどのように向き合ったらよいか。まさに本書で問われているテーマに直面し,戸惑い,藁にもすがる思いで緩和ケア関連の書籍を読み漁ったり,研修会に参加したりしながら,自分なりの向き合い方を模索していた。そんな時に出会ったのが本書である。

本書の中で特に印象に残ったのは,第1部の,日常的に死と隣接した日々を過ごしている心理士らの論考である。死の圧倒的な力,不条理さを前にして時に「身体中の痛み」に襲われながら,目の前の患者さんに全身全霊で向き合おうとする様子が描かれる。そこには,祖父江氏の言う「薄っぺらで上っ面の『寄り添い』」とは異なる,著者らの覚悟,臨床家としてのあり方が示されている。彼らに共通するのは,死に直面する患者さんや家族に対して,自らの限界をわきまえながら,真摯に,そして真実味のある態度で向き合おうとし続ける姿勢である。

本書の魅力──多角的な視点からの「死」との向き合い方

本書では,身体化医療のみならず,精神科臨床における自殺,自死遺族への支援,学校現場や福祉現場の支援者への支援など,医療に限らず様々な現場での事例をもとに論考されている。その中で,「死」に直面する支援者への支援もテーマとして取り上げられており,支援者自身が孤立しないようなシステムを構築していくことの重要性についても改めて認識させられる。

さらに本書の魅力として挙げられるのは,臨床現場の専門家だけでなく,現象学や経済学,社会学,人類学の知見をも用いて,社会的側面や制度的な側面から「現代社会における死との向き合い方」について論考されている点である。

編者の祖父江氏は「おわりに」で,本書について「死の衝撃や生の生きがたさに見舞われながらも,その両者を架橋したり,死の乗り越えの可能性を追い求めたりしたものである」と結んでいる。本書は「死」というテーマから心理臨床のあり方を論考したものであるが,生命に直接関わる医療領域だけでなく,現代社会において心理支援に携わるすべての臨床家にとって学びの多い一冊である。

祖父江典人『死と向き合う心理臨床』

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牧野史織(まきの・しおり)
京都大学医学部附属病院
資格:臨床心理士,公認心理師

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