書評:『思春期心性とサブカルチャー』(岩宮恵子著/遠見書房刊)|評者:笹倉尚子

笹倉尚子(十文字学園女子大学)
シンリンラボ 第24号(2025年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.24 (2025, Mar.)

はじめに

漫画やアニメ,ゲームや映画など,心に残るサブカルチャーというのは,受け手に「これは私の物語だ」と感じさせてくれる。本書を読み終わったときに私が体験したのは,それと似た感覚だった。「これは私の話だ」と。

いまどきの思春期とサブカルチャーについて知見を深めるつもりで読み進めていたのだが,なぜか中年期の私の心がざわついてしまった。私が大人になりきれていないからという可能性も高いが,何かもっと大きく,大切なテーマが内包されているように感じられる。

本書の魅力──「私の話だ」と感じるのはなぜ?

本書では,思春期の子どもたちの心模様を,アニメやアイドルといったサブカルチャー,あるいは「恋バナ」や「SNS」といった日常生活に関するトピックなどと結びつけながら,丁寧に読み解いている。実に多様なコンテンツが取り上げられているが,学校現場で思春期の子どもたちにみられるふるまいや,面接場面でのクライエントや保護者の語りをベースにして考察が展開されるため,サブカルチャーに親和性のない人でも読み進めやすい。思春期の支援を考えるうえで参考になるテーマが盛りだくさんである。

最大の魅力は,著者の視線の繊細さとユニークさにある。本書の表現を借りるなら,「目盛りが細やか」(第20章,第21章)なのだ。著者曰く,「情緒的な判断や感性の度合いを示す目盛り」の刻みが大きいと,その目盛りと目盛りの間のことは計測不能となる。たとえば問題が生じたとき,「原因」や「解決」などのはっきりとした部分にしか目がいかない。一方,目盛りの刻みが小さいと,細かい情緒など微妙なニュアンスを感じ取ることができる。著者はきっと,この目盛りが非常に緻密なのだ。だからこそ思春期の子どもたちやその保護者たちの隠された心を見つけ出し,推し量り,言語化することができるのだろう。

著者がユニークなのは,事例を理解するのと同じくらいの真剣さと繊細さで,俗世間のサブカルチャーを読み解こうとするところである。たとえば,「壇蜜」や「マツコ・デラックス」の流行について,心理臨床的な視点から理解しようとする専門家はあまりいない。しかしそこから導きだされる洞察──ベタに何かを目指したり,熱く何かを求めるのではなく,自分を客観視し,少し醒めた距離感にもっていく,パロディという処世術──は,思春期の子どもを含め,現代を生きる私たち大人にも心当たりのあるものだったりする。

このように,本書には「これは私の話だ」と考えさせられるポイントがいくつもある。著者も指摘するように,激しい社会の変化のなかで生きる私たちは,大人になっても永遠の思春期を過ごしているようなものであり,内的・外的に激しい変化を生きる思春期の心と共鳴するのかもしれない。そうした意味で,現代を生きるあらゆる世代の人が本書にふれる意義があるといえるだろう。

おわりに──目盛りのキメを整えよう

ここ最近,世間の目盛りの刻みが以前よりも確実に細かくなってきていると感じる。サブカルチャーにおいても,誰かを傷つけるような雑な笑いは好まれないし,あからさまな差別や中傷の描写は非難される。社会全体の感受性が高まっている。良いことだと思う。

「自分のことを理解してもらうというのは,自分が世界に対してもっている物差しの目盛りのありようを,そのままに受け取ってもらうということなのだ」(p. 188)という言葉に示されているように,事例であれサブカルチャーであれ,自分の目盛りを細やかにし,対象の目盛りの刻みを理解しようと努めるのは,著者の心理臨床の基本姿勢なのだろう。それが伝わるからこそ,本書を読むと臨床家としての自分の目盛りのキメも少々整うように感じられる。また,多くの人が本書のもつ魅力にふれて,心の目盛りを調整できるようになれば,世界がもっと優しくなるのではないかと想像したりもする。

いや,しかし,第24章の熱い『トリトン』論を読むに,著者のこの目盛りの緻密さはまずサブカルチャーに対して発揮され,それが現在では心理臨床に応用されているのかもしれない……。いずれにしても,唯一無二の個性を持つ著者であり,本である。

岩宮恵子『思春期心性とサブカルチャー』

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笹倉尚子(ささくら・しょうこ)
十文字学園女子大学 教育人文学部心理学科 准教授
サブカルチャー臨床研究会(さぶりんけん)代表
資格:臨床心理士・公認心理師・博士(教育学)
著書:『サブカルチャーのこころ―オタクなカウンセラーがまじめに語ってみた』(共編著,木立の文庫,2023)

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