村山恭朗(金沢大学)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)
本著を読んで,直観的に感じたことは「臨床に役立つな」であった。私は(一応)大学教員である。業務の日数だけとれば“本業”なのであるが,私にとってこの“本業”は副業のようなものである。私の本業は研究活動(研究フィールドの維持,論文の執筆,講演等での研究の紹介など)と週2日程度の臨床活動と密かに思っている(ここで書いてしまっては,まったく「密か」にはならないのであるが…)。
私の話はさておき,本著はバイオフィードバックの基礎(メカニズム,治療機序等),バイオフィードバックに関する主要知見のレビュー,そしてバイオフィードバックの臨床応用を丁寧に,そして分かりやすく解説している。
本著が「臨床に役立つ」と感じた背景には,私の現在の臨床でお会いするクライエントさんの症状が関係している。現在,私は産業領域で臨床業務を行っているが,一部のクライエントさんは過呼吸や過度の不安症状を主訴として来室される。ご存知のように,認知行動療法における不安へのアプローチでは,呼吸法などクライエントさんが自ら実施できるリラクセーション・スキルの獲得と,そのスキルを活用した不安生起場面への暴露(エクスポージャー)である。しかし,臨床家として感じることは,クライエントさんが不安の軽減を促進する呼吸法のスキルを獲得するプロセスは非常に難しいということである。
私見であるが,その困難は呼吸が余りにも“当たり前”であることに起因する。通常,我々は“当たり前”には一瞬一瞬注意を払わずに,何気なく流している。しかし,呼吸法の獲得は,その何気なく行っている“当たり前”に注目し,それを“意図的行為”に変容する過程である。そのため,クライエントさんはこれまで注意を払ってこなかった“当たり前”に困惑し,呼吸を不自然な行為として認識してしまうことがよくある。パニック症等を呈するクライエント/患者さんを担当された臨床家の方であれば,理解していただけると思う。
そのような経験があるため,本著が紹介するバイオフィードバック法,その治療メカニズムの解説は「臨床に役立つ」と思った次第である。本著でも紹介されているがバイオフィードバックは「呼吸の見える化」である。前述したように,当たり前の行為であるからこそ「見える化」はクライエントさんには大いに役立つ。
さらに,臨床家にとって,本著はクライエントさんに対するインフォームドコンセントや心理教育の提供に大いに役立つ。現代における心理臨床において,クライエント/患者さんの自己決定を尊重するプロセスであるインフォームドコンセントと,エビデンス・ベースに基づく心理教育は必要不可欠である。本著は,我々臨床家はクライエント/患者さんが生きやすい日々を送れるように,進化し続ける知識,技法,ツールの獲得を研鑽し続ける必要がある,と感じさせる一冊であった。
村山 恭朗(むらやま・やすお)
金沢大学 人間社会研究域(人文学系)/子どものこころの発達研究センター
公認心理師・臨床心理士