書評:『エンカウンター・グループの理論と実践』(野島一彦)|評者:下田節夫

下田節夫(幡ヶ谷カウンセリングルーム)
シンリンラボ 第23号(2025年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.23 (2025, Feb.)

著者の野島さんは,日本におけるエンカウンター・グループ(以下EGと略す)の実践と研究を牽引してこられた第一人者で,別名「ミスター・エンカウンター」と呼ばれてきた。本書は,彼の50年に亘る実践と研究の成果がみっしりとつまった「集大成」と言うべき論文集である。この「書評」では紙数が限られていることもあり,本書を読んで最も印象深かった点と,野島さんの視点と語り口に絞って述べることにしたい。

まず第一点。本書には,野島さんが長年に亘って「ベーシック (非構成的)・エンカウンターグループ」(以下BEGと略記する)の体験を積み重ねてこられた「エキス」とも言うべきものが込められている。BEGは,通常の多くのグループが,スタッフ(ファシリテーター,以下Facと略記)主導で運営されるのと違ってメンバー主導で進められるため,そこにFacがどう関わっていったらよいのかについては非常に微妙なものがある。第2章「エンカウンター・グループ・プロセス論」の「Ⅳ グループ・プロセス(導入期,展開期,終結期)における諸問題」には,それが丁寧に述べられている。

例えば,「導入期における…Facの発言や行動は…影響力が非常に大きい。…だから…自分の発言や行動についてはかなり慎重でなければならないし,それがどれほどの影響を及ぼしているかについて敏感でなければならない」[…は途中省略。以下も]とか,「Facが『メンバーの主体性…を尊重したい』…という気持ちを強く持つがゆえに…ほとんど発言しないことがある。しかしこのような形になると,メンバーにとっては,Facが何者かが分らずなかなか安全感がもてないということになりやすい。…だからFacは…時々はその時自分の中で感じられていること…を率直に表現する方がよい」とか,「展開期に入るとFacは次第にメンバー化し,ほとんどメンバーと変わらないような行動をとったり…する。…ただFacという名称がついている…以上,全くメンバー化するわけではなく,ほとんどメンバーと同じようになるということである。この点は非常に微妙なところであるが…重要なところである」[下線下田]などと述べられている。とは言え,そう言われるだけでは,読んだ方としては「ではどうしたらよいのだろう」という思いにさせられかねない。Facがどうしたらよいかという問題は,ことほどさように難しいものなのだと私は思う。恐らくFacには,その時々にグループの中で,またメンバー個々人の中で何か起きているのかについて,自分の感受性を全開にしてそれを受け止めることができるようにしてその場面に居る,ということが問われるのだろう。そしてその感受性は,BEGの体験を積み重ねることによってのみ培われるのだろう。野島さんの叙述の背後にまぎれもなくそれが活きていることを,読み取りたいと思う。

次に第二点。彼の視点と語り口について。

野島さんと話すと,あるいは彼の説明を聞くと,起きている(心理的)事象がどのようなものであるかが無理なく見えてくる。相当込入ったできごと,例えば今グループで何が起きていると考えられるか,あるいはそこに居る個人の心の中がどのようになっていると想像されるか,などについて,言われてみると「なるほどそうなのだなあ」という理解が得られることが多い。その語り口は,サラリとしていて,全体のバランスがよく取れていると感じられる。そういう点で彼の右に出る者は居ないのではなかろうか。本書の第3章「エンカウンター・グループにおける個人過程」を例にとってみよう。 

BEGのメンバーの心に起きること(プロセス・過程)は,そうどこででも起きることではない。それがどのようなものであるかについて捉えようとするときに,彼が提示している6つの視点は非常に助けになる。その6つとは,「主体的・創造的探索」過程,「開放的態度形成」過程,「自己理解・受容」過程,「他者援助」過程,「人間理解深化・拡大」過程,「人間関係親密化」過程である。こう引用しただけでも,ここ取り上げられている心のプロセスがどんなものであるか,多少の想像ができるのではなかろうか。中でも「人間理解・深化」という視点は,慧眼であろう。野島さんを引用すると,「このような過程がかなり進んでいくと、それは個人の『人間観』『人生観』『自分の生き方』『人間としてのアイデンティティ』等に強烈なインパクトを与え,それらを変化させる」という。メンバーの方々の「自己理解」や「他者理解」が進むという実感は多くのグループで見られるとしても,それが普遍的な「人間理解」の深みにまで及ぶことがあると見通す視点は,さすがと思われる。

本書で野島さんは,EG一般についての「理論化」がなかなか進まないことを残念に思う(72-73頁)と述べておられるが,この視点などは優れた理論化と言えるのではなかろうか。

以上,話を極端に絞って述べさせていただいた。本書全体を紹介することができなかったことを,野島さんと読者にお詫びします。

野島一彦『エンカウンター・グループの理論と実践』

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下田節夫(しもだ・もとお)
幡ヶ谷カウンセリングルーム
資格:臨床心理士,公認心理師
主な論考:「グループなるもの―エンカウンターグループについての一つの見方」(2011)In: 伊藤義美ら(編著)『パーソンセンタード・アプローチの挑戦―現代を生きるエンカウンターの実際』(創元社)所収pp.113-122
「グループから学んで―ベイシック・エンカウンター・グループで起きることとスタッフのあり方について」(2016)『人間性心理学研究』第34巻第1号,109-120

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