津川律子(日本大学)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)
2005(平成17)年に本書が刊行され,読んだとき,そのインパクトでからだが反応したことを,実感をもって覚えている。当時は一緒にDVDも発売されたので,それも観た。約20年前のことになり,時の速さに唖然とするが,今回,増補版として刊行されたことで全部を読み返してみた。まったく色褪せていない。むしろ,いまこそ必要な本なのではないかと思う。
本書は精神科臨床の本であるが,まず「生命史」から話が始まっている。真核細胞の出現という重要な出来事(真核細胞の図がすごい)があり,多細胞生物(「個」の起源)が現れたこと,脳が“畸形”臓器であること,そして決定的に脳は外からの助けが必要なことなどから論を起こしている。続けて,脳と心の関係,クオリア,自己,まなざし,言語,根源的メランコリーなど,前半だけでも,多くの魅力的な論考がなされている。後半は臨床論で,「他者」というものから論が始まり,「わかる」という言葉の意味や診断について述べられ,以下は章のタイトルであるが「精神科面接の基礎」「治療と文化─臨床をとりまくもの」「精神科臨床のゆくえ」,そして新しく加わった「補遺」まで続いていく。
精神科臨床に仕事として携わっている人は,精神科医でなくても,本書を読んでほしい。職種を問わず,読んでほしい。それも,筆者が望んでいるように「できれば最初から」読んでほしい。最後まで読破することは,たやすいことではなく,途中で挫折するかもしれないが,チャレンジする価値があると思う。
その理由は,単純である。自分がやっている仕事の本質は何かを自分なりに考えることなしに,最新の知識や技術だけを追い求めても,実力は増強しない。考えること,理解しようとすることは,思弁的な回り道ではない。私(評者)は心理士なので,心理カウンセリングで自分がやっていることの本質は何かを,あまり回らない頭で日々考え続けている。もちろん,周囲の先達に教えを乞うたり,研修を受けたり,本や文献で学習したりもするが,結局のところ自分で考えている。その行為じたいが,心理支援の力となることを感じている。もし「心理士ってどんなことをするお仕事なんですか?」と訊かれて「心理カウンセリングとかをやっています」と答えるだけでは,答えになっていない。「心理カウンセリングで何が行われているのか」をやさしい言葉で説明できる心理士になりたい。そのためには,本書のような論考にふれることが大切である。
いずれにしても,本書は読者を何らかの形で刺激する。
それは間違いない。
(つがわ・りつこ)
日本大学文理学部心理学科
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士