松村暢隆(関西大学名誉教授)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)
本書は,天才的な理系の研究者の「創造性」を解明すべく,臨床心理学的手法で真摯に取り組まれたフロンティア的研究の好著である。最近の日本では才能のある子どもたちに関する心理学的研究は,知能検査に表れる高知能に関連するものが希に見られる程度だが,ここでは優れた才能のある人々の創造性を柱とする豊かな特性に関して,新しい視点からの研究がまとめられている。実証研究から導かれた独創的な理論的仮説も提示されて,従来の研究の閉塞感を打ち破る爽快感さえ覚える。
1.最近のギフテッド本とは一線を画する,新しい臨床心理学的実証研究の成果だ
才能に関して最近は「ギフテッド」という呼称で話題にされることが増えてきて,一般向けの玉石混淆の「ギフテッド本」も現れてきた。これには文部科学省で2021~22年に「特定分野に特異な才能のある児童生徒の指導・支援」に関する有識者会議が開催され(私も委員を務めた),2023年度から「特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」が開始されて,注目が高まったという事情もある。
文科省の会議・事業では,広く多様な才能を指す意味で「(特定分野に)特異な才能」と呼ばれ,「ギフテッド」の用語は用いられなかった。ギフテッドは「高IQなどの突出した才能(をもつ人)」あるいは「才能と障害・困難を併せもつ(人)」という意味に限定して用いられる場合が多く,子どものイメージが論者によって異なり誤解や偏見にもつながるためである。本書でもギフテッドの用語を慎重に避けられたのは適切である。
また上記の動きのなかで,「文科省はギフテッドの議論を始めた」という新聞やテレビの報道が盛んになり,そこには,一定のパターンが見られ,「天才」が再注目された。例えば,高IQで発達障害のある幼児をギフテッドだと紹介して,アインシュタインなど歴史上の天才はギフテッドで,今から見れば発達障害だった,という話の筋書きである。そこから読者や視聴者は,「天才には(必ず)発達障害がある」,「ギフテッドとは発達障害のある天才の子どもや大人だ」と思い込む傾向が生じる。
本書は,書名だけからは「天才の発達障害」を論じた本かなと早合点する人もいそうだが,ギフテッド本とは一線を画するものである。『優れた才能のある理系研究者の創造性に関する臨床心理学的研究』とでも題すれば内容的に近そうだが,手に取りにくくなる。本書の「天才」は,文化的に価値のある新しいものを見出せる人のことであり,才能が超突出した文字通りの天才から,発達障害の有無にかかわらず優れた(突出にやや偏った)才能まで幅広く,ちょうど英語の“gifted”の意味に相当すると言える。読者は「ギフテッド」や「天才」の先入観に囚われずに,調査協力者の人物像を素直に追うべきだろう。
2.創造性が知的能力,没頭と相互作用して,才能が高まる姿を示している
高い創造性はたしかに高知能と並んで天才の大きな特徴だと,一般にも素朴にイメージされるだろう。アメリカの才能教育研究の重鎮,レンズーリRenzulliによれば,才能の三大要素(三輪概念と呼ばれる)として,「普通より優れた能力」(知能・学力),「創造性」および「課題への傾倒」(熱中)が挙げられる。このいずれも子どもの才能を見出す手がかりになる。多様な職業分野の天才・名人は,いずれかの要素を,多くは複合して高みにまで極めて,各分野のロールモデルとなる。
本書の調査協力者が示した「興味・関心への集中と没頭」の傾向は,まさにこの「課題への傾倒」だが,それは優れた知的能力や高い創造性と相互作用して,三位一体で優れた研究業績に昇華することを実証している。これは大学教育を超えて,初等中等教育の指導・支援のあり方への大きな示唆となっている。日本では残念ながらあまり知られていない才能教育の基礎理論が今このような観点から実証されている点が,私は個人的に嬉しい。
3.創造性の心理アセスメントによる分析の着想自体が創造的だ
本書の臨床心理学的な実証研究では,創造性を把握するために,ロールシャッハ法,バウムテスト,SCT(文章完成法),WAIS-IV(知能検査)といった心理アセスメント,および半構造化面接法を活用している。これらは著者たちの「商売道具」として身近なツールだろうが,妥当なアセスメント法を選択して組み合わせ,創造性の分析に包括的に応用できると着想されたこと自体が,著者チームの優れた創造性が結集した成果だろう。
また,知能検査でギフテッド(引用文献の表記)の処理速度が低いのは理系の特徴だと述べられたが,「発達の凸凹」の凹としてネガティブに捉えるのではなく,ポジティブな特徴と捉えられたことを,私は高く評価したい。素早い回答が要求される処理速度の課題で(それ以外の課題でも)じっくり考える反応には,正確さ重視だけでなく独創的な想像を巡らせている場合もあり,それを手がかりに個人のより深い内面まで掘り下げられることは,知能検査の限界・欠点と共に注目すべきだろう。
4.大学教育で創造性を育てる望ましい支援は初等中等教育にも応用できる
発達障害圏学生への支援に関する考察も,著者たちが日頃取り組んでおられるだけに,秀逸である。「発達障害圏学生こそ創造性を秘めている」という指摘は,発達障害圏学生を「2E」(twice exceptional; 才能と障害を併せもち両方に支援が必要)と捉え直す意義がある。「創造性の3本柱」の力を育てるために,発達障害圏学生にも一般学生にも望ましい指導・支援の提言は,初等中等教育にも応用できる。
特定の興味に集中,没頭する行動から,ウェルビーイングとして十全に才能を伸ばして発揮できるか,あるいは不適応・問題行動につながるかは,適合できる環境が提供されるかどうかで変わる。個人への障害や才能のラベル付けも,適合のあり方次第で変わる。障害群や才能群を分け隔てるのではなく,どの児童生徒にも学習・生活上の困難と個別のニーズに応じて最適な環境を整えることは,大学教育の望ましいあり方への著者たちの信念と通じ合う理念である。
5.本書の研究を原点に多様な分野の研究が広がってほしい
本書の研究では,調査協力者の研究分野を限定したがゆえに諸条件を統制して明晰な分析結果を得られた。調査協力者は,半導体研究の分野で領域固有の知的能力が高く,その専門分野での優れた業績が,創造的であることの基準だと見なされた。実証的成果として見出された「創造性4類型」や「創造性の3本柱」などの特徴が,理系の他の分野で,また美術・音楽等の芸術分野にまで領域を超えて,どのように普遍性をもつかを検証する観点から,今後多様な研究・職業分野に関する研究が展開されることが期待される。その暁には,本書は後に続く研究者が立ち返って比較参照すべき原点となるだろう。
松村 暢隆(まつむら・のぶたか)
関西大学名誉教授・文学博士(京都大学)
主な著書:『才能教育・2E教育概論』(単著,東信堂,2021年),『2E教育の理解と実践』(単編著,新曜社,2018年),『才能と教育』(共著,放送大学教育振興会,2010年),『認知的個性』(共編著,新曜社,2010年),『本当の「才能」見つけて育てよう』(単著,ミネルヴァ書房,2008年),『アメリカの才能教育』(単著,東信堂,2001年)など。
専門は発達・教育心理学,才能教育,2E教育。近年とくに2Eなど「困っている才能のある子ども」の指導・支援に探求の重点をおいている。文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」の委員を務めた(2021-22年)。有識者会議および現行の文科省「特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」に関する情報をウェブサイト「2E教育フォーラム」で発信している。