上地雄一郎(岡山大学名誉教授)
シンリンラボ 第20号(2024年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.20 (2024, Nov.)
まず,これらの書物の両方に共通する点について述べたうえで,個々の書物に対する個別の評価を述べることにする。書評に先立ち,この2冊の書物を一括して扱うことの根拠に触れておこう。この2冊は,「MBT(メンタライゼーションに基づく治療)」の世界で,それぞれ「MBT-A」(青年向けMBT)および「MBT-F」(家族向けMBT)と略記される治療パッケージである。しかし,MBT-Aは,その要素としてMBT-Fを含んでいる。もちろん,MBT-Fの側からすると,MBT-Fは単体でも実施できるものである。
両方の訳書に共通しているのは,訳語の選定の適切さである。私たちMBT推進者の間でコンセンサスを得ている訳語が使われているため,スムーズに読め,文意をつかむことが容易である。例をあげると,メンタライジングの定義に用いられる“mental states”は,「精神状態」とも訳されるときがある用語であるが,メンタライジングにおいては哲学者ブレンターノの用語で,「~について;~に向けられた」という性質(志向性)を持つ心の状態であり,具体的には考え,感情,願望,信念などを意味する。だから,私は,かりに訳者が精神科医であったとしても「心理状態」という訳語を勧めている。
また,“not-knowing stance”は,ソクラテスの無知の知を背景にしている用語だろうが,ソクラテスのいう無知は「不知」と訳すのが適切だという哲学者の見解に触発され,『メンタライゼーションによる家族との治療』の訳者である崔氏とも相談して,「不知の姿勢」という訳語を採用した経緯がある。次に,この両書に共通しているのが,訳文がこなれていて,本当にスムーズに読めるということである。訳文に難があると,あちこちひっかかってしまい,ここはどういう意味だろうと考えることになるが,この両書にはそれがなく,訳文への推敲が本当に行き届いている。
最後に,それぞれの書物についての書評を手短に述べよう。まず,『メンタライジングのよる青年への支援』(MBT-A)について,MBT-Aは元祖MBT-PD(パーソナリティ症向け)の青年期版という性格の治療だということもあり,MBTにおけるセラピストの基本的な姿勢や介入法がわかりやすく解説されている。私見では,MBT-Aは全体的に元祖MBTよりも枠が柔軟な印象であり,基本的な姿勢と介入法についての解説も平易で理解しやすい。これはMBT-Fの解説書にも言えるが,随所に事例が挿入されており,理解を容易にしてくれる。
次に,『メンタライゼーションによる家族との治療』(MBT-F)についてであるが,この書物の意義は,家族システムとの取り組みにメンタライジングの視点を導入し,システム的家族療法とMBTを統合した点であろう。しかし,そうした家族治療の解説書でありながら,随所でメンタライジング理論やMBTの世界で使用される基本的な概念や用語について具体的でわかりやすい解説がなされている。読者は,この解説を読むことで,そうした基本的な概念・用語の学習をすることができる。もちろん,これはMBT-Aの解説書にもあてはまることである。
まとめていうと,この2冊の書物は,それぞれメンタライジングの視点から青年と家族システムに対する治療に特化していながら,メンタライジング理論およびMBTについて基本事項を学習することができる書物だということである。多くの読者にぜひ一読を勧めたい。
上地 雄一郎(かみじ・ゆういちろう)
履歴:岡山大学名誉教授,博士(心理学)
資格:臨床心理士
専門領域:愛着やメンタライジングの視点に基づくセラピー・アプローチ
主な著書・訳書:『メンタライジング・アプローチ入門』(北大路書房,2015)
アレン・J・G著;上地・神谷訳『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』(北大路書房,2017)