太田裕一(静岡大学)
シンリンラボ 第19号(2024年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.19 (2024, Oct.)
本書は2019年7月,コロナ禍に先立って出版されたオンラインセラピーに関する先駆的な著作である。ちょうどこの年4月からグループセラピー国際プログラムが開催され,本書の編者のひとりであるHaim Weinbergハイム・ワインバーグが来日し,対面とオンラインでの体験グループ,セミナーを中核とした研修が行われた。訳者たちは日本集団精神療法学会のメンバーを中心とした,研修参加者の有志からなっている。この年の12月に武漢でCovid-19の最初の感染者が発生し,世界的なパンデミックとなり海外からの渡航が困難になっていったことを考えると,奇跡的なタイミングでこのワークショプが開催されたことがわかる。
筆者はこの書籍発売のきっかけとなった研修には参加していないが,2020年に引き続いてハイムのコーディネートのもとに行われたオンラインでの集団分析入門のセミナーに参加した。集団分析とは精神分析家でもあるS. H. Foulkesフークスによって創始された集団精神療法の一学派である。オンラインでのセミナーに加えてメーリングリストを用いた参加者のディスカッションは充実したものであった。コーディネーターとしてハイムは毎回の講師と受講者を繋ぐ役割を果たし,彼の画面上でも示される安定したプレゼンス(存在感)はグループを促進したと言えるだろう。
本書は4部に分かれている。第1部は総論であり,画面へのセラピスト自身の写り具合や,不具合で断線した場合の対応など技術的な問題,オンライセラピーへの抵抗,技法としては身体感覚に焦点をあてたセンソリーモーターサイコセラピーに焦点が当てられている。治療構造というものが,決してクライアントを既存の型にはめるものではなく,時代の要請によって構築されるということがわかる。
第2部はカップルセラピーと家族療法だ。ボディランゲージの読み取りにくさなど課題はあるものの,遠距離に別れたカップルにとってオンラインはよい方法だと言える。インターネットの介在によって,よりグローバルな異文化理解も必要となってくることが示されている。
第3部はグループセラピーである。オンラインになったことで例えば飼い猫が画面に侵入してくるというような,境界侵犯の問題が焦点となっている。自閉スペクトラム症の子ども対象にマインクラフトをグループにとりいれた事例も報告されている。
第4部はオンライン組織コンサルティングに当てられている。日本の集団精神療法は治療共同体的な対等性が強調されすぎて,機能的で合理的な組織=グループのリーダーシップという概念非常に遅れているため,非常に重要なセクションである。
訳者たちが編者であるハイムも交えて,定例のオンラインミーティングを重ねつつ本書の翻訳という困難な課題に取り組んだことは称賛に値する。巻末の訳者等による解題も充実しており,グループとしての凝集性が高まったことがわかる。一読を勧めたい。
名前:太田 裕一(おおた・ゆういち)
所属:静岡大学保健センター&学生支援センター
資格:公認心理師・臨床心理士
専門は集団精神療法,力動的精神療法,学生相談。
趣味:大学ではほぼカウンセリングと委員会の毎日に加え,アニメ解釈やロック・現代アートについての講義を担当しています。写真は尖っていたロッカー時代。
主な著作:『学生相談カウンセラーと考えるキャンパスの心理支援──効果的な学内研修のために2』(編著,遠見書房,2023年),『新訂版 学生相談ハンドブック』(分担執筆,学苑社,2020年),『スーパーヴィジョンのパワーゲーム──心理療法家訓練における影響力、カルト、洗脳』(翻訳,金剛出版,2015年)。