明翫光宜(中京大学心理学部)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)
本書はタイトルからも連想されるように,内的体験世界について自閉スペクトラム症(以下ASDとする)の方々から直接教わったことが,非常にわかりやすくまとめられている。つまり,ASD特性をもった人の視点から対人関係がどのように映っているか,そして困ったという事態に至っているのかを,当事者研究ならではの切り口でASD当事者,そして支援者に語りかけている。
本書の独自性は,対人関係をASD本人がどのように体験しているか(内的体験世界の理解)を当事者自身の言葉で語られているところにあると思う。ASDの基本症状であれば診断基準や精神医学のテキストをみれば学習できる。また発達障害の専門家であれば,自閉症研究から認知特性を学び,困りごとの背景について追体験を試みることももちろん可能である。しかし,それだけではASDという診断概念はあるものの,そこから個々の当事者の困りごととその奥(背景)まで支援者の理解の光(アセスメントや追体験)が届きにくい。
すべての支援者がASD当事者の方の内的体験世界の理解をもちながら,目の前のクライエントにあった支援ができることが,どの支援現場においても求められる時代になってきている。発達障害臨床で支援者に求められることは,具体的にはクライエントが困難に感じていることを様々なASDの認知特性の視点からつなげられ,その困難さを弱められる工夫をクライエント本人,または関係者に提言できることである。
しかし,ASDの認知特性とクライエントの語られる困りごとをつなぐことは実は容易ではない。そこを本書はASDの人の視点に立って,ASD当事者自身の生きた言葉で語られることで「あっ,そうだったのか」と驚きと感動に満ちた発見を随所で体験しながら読み進めていくことができる。
さらに本書を読むことで,ASDの障害特性や認知特性の典型的なパターンでもってASDを決めつけ,わかったつもりになっていたという可能性とその反省の気持ちを抱きながら読み進めることができる。
さらに筆者の場合は「周囲の人からの冗談や雑談への具体的な対処」や「休憩の必要性がわからないのは常に緊張感を持っていて休憩を感じる隙がない(しかし実は疲れは感じている)といった背景」,「雑談の対人関係的な意味」,「人生における失敗の意味」,「失敗の重みの違いのなさ(完全主義)」と「ASD者と非ASD者の価値観・価値判断の違い」などは特に参考になった。
本書は,著者がASDの方が苦手としていることについて,ASD当事者の語りを実際の支援の中で丁寧に傾聴することを積み重ねてきた中で生まれてきた我々へのメッセージ集である。これから発達支援の世界に入っていく人,すでにベテランの支援者の人,家族も含め,すべての方に読んでいただきたい。
明翫・光宜(みょうがん みつのり)
所属:中京大学心理学部
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:
『臨床心理学の実践─アセスメント・支援・研究』(編集,金子書房,2013年)
『発達障害の子の気持ちのコントロール(6歳児から使えるワークブック1)』(共著,合同出版,2018年)
『発達支援につながる臨床心理アセスメント─ロールシャッハ・テストと発達障害の理解』(単著,遠見書房,2023年)等