稲田尚子(大正大学)
シンリンラボ 第25号(2025年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.25 (2025, Apr.)
はじめに
自閉スペクトラムのアセスメントについて,これから1年間連載を持つことになった。発達障害のアセスメントと題して幅広く扱うのではなく,自閉スペクトラムに特化することにしたのは,もちろん自分の専門性の範疇で責任をもって執筆したいという思いもあるが,自閉スペクトラムのアセスメントはそれほど奥深いからである。この連載では,自閉スペクトラムのアセスメントの心理検査の特徴や活用方法を紹介し,心理検査の結果を踏まえてどんな支援の選択肢があるのかなども紹介していきたいと思っている。読者の方々の日々の臨床実践に役立つような内容をお届けしたいと思っているので,これから1年間よろしくお付き合いいただければ幸いである。
1.自閉スペクトラムの心理検査の学びのススメ
この連載では,心理検査を中心に紹介していくことにしているが,心理検査を実施する職場で働いている方はもちろん,心理検査を実施する可能性が低い方にもぜひ本稿を読んでいただいたり,心理検査の学びの機会を持っていただきたいと思っている。さまざまな理由で心理検査を実施することが難しい臨床の現場は多く,むしろそのような現場で働いている方もたくさんおられる。自閉スペクトラムの心理検査に関心はあるものの,実施する機会がないと思っておられる方も少なくないはずである。では,そのような場合には,心理検査の学びは必要ないのであろうか。私は,そうではないだろうと思う。最近では,むしろそのような方々にこそ,自閉スペクトラムの心理検査を学んでほしいと考えるようになってきた。
自閉スペクトラムのアセスメントは,基本的に行動特徴の観察と聴取によってなされる。心理検査を用いるほうが効率的な側面もあるが,各ライフステージでどんな行動特徴について観察すればよいのか,聴取すればよいのかを,自閉スペクトラムの心理検査を使って系統的に学ぶことで,日頃の臨床業務に役立ててほしいと考えている。例えば,自閉スペクトラムの人は苦手とされている「双方向的な会話」とは何であろうか。会話は,自分が興味がある話をしたり聞かれた質問に答えるだけでなく,関連する新しい情報を追加したり,相手が話した話題に応じたり,相手に質問したり,さまざまな要素によって成り立っている。このように観察のポイントを細分化して理解できると,面接場面でのクライエントとの会話でどんな要素が観察され,あるいは観察されなかったのかを把握することができるだろう。それは,クライエント一人ひとりの行動特性を丁寧に把握し,その輪郭をより明確にしていくことにつながる。自閉スペクトラムの心理検査の学びは,日々の臨床にこそ大いに活かせるのである。
2.なぜ自閉スペクトラムの見立てが必要か
自閉スペクトラムの人たちは,生まれつき脳機能の違いを持っている。脳機能の違いは,ものの見方,捉え方など,認知スタイルの違いにつながり,それらが行動上の違いとして現れる。支援のアプローチは,認知スタイルを尊重して選択され,最適化される必要があり,そのためにも,自閉スペクトラムの見立てが必要である。この見立てなしに支援が開始されると,彼らの認知スタイルが無視されることになり,支援の内容や方向性がずれていくため,面接の初期に自閉スペクトラムのアセスメントは欠かせない。
自閉スペクトラムのアセスメントの際には,“障害”かどうかというよりも,むしろ自閉スペクトラムの“認知スタイル”,“学びのスタイル”を同定することが重要であると考えている。ただ,認知スタイルは目には見えないため,観察可能な行動特徴で自閉スペクトラムであるかどうかを見立て,その背景の認知スタイルの違いや個別性を理解していく必要があるのである。
3.認知スタイルの違いを尊重した支援のアプローチ
クライエントが自閉スペクトラムの認知スタイルを有していることが分かることによって,支援のアプローチは何がどのように変わるのだろうか。自閉スペクトラムのある人たちは非常に個別性が高く,包括的なアセスメントが欠かせないが,一般に共通することが多い認知スタイルに対応した支援のアプローチについて,以下に簡単にまとめる。
(1)言語理解と情報伝達の工夫
自閉スペクトラムの人の中には,言語の処理に困難を抱える人が少なくない。抽象的な表現や比喩,暗示的な指示は理解しにくいことがあり,具体的で明確な表現が求められる。また,視覚的な情報処理が得意な場合が多いため,言葉だけでなく図や写真,ピクトグラムを活用すると理解を助けることができる。例えば,スケジュールを言葉で伝えるだけでなく,時間割表やカレンダーにイラストやアイコンを添えて提示すると,見通しを持ちやすくなる。カウンセリングの場面では,紙に書きながら情報を整理したり,面接の要点をメモで渡すことも有効である。
(2)感覚過敏への配慮
自閉スペクトラムの人は,音や光,触覚などの感覚刺激に対して過敏または鈍感な反応を示すことがある。そのため,支援の場面では,環境調整が重要となる。例えば,強い光や騒音が負担になる場合には,照明を調整したり,静かなスペースを確保したりすることでストレスを軽減できる。また,特定の素材の服が苦手な場合には,本人が快適に感じる素材を選べるよう配慮することも大切である。
(3)興味関心を活かした学びと支援
自閉スペクトラムの人は,特定の分野に強い興味を持つことが多い。この特性を支援に活かすことで,学習や社会参加のモチベーションを高めることができる。例えば,電車が好きな子どもには,時刻表や路線図を使って算数の学習を進めると,興味を持って取り組みやすい。仕事の場面でも,本人の得意な分野や関心を活かせる職種や業務を選ぶことで,強みを発揮しやすくなる。
(4)柔軟性の困難さへの対応
自閉スペクトラムのある人は,変化に対する適応が難しいことがある。突然の予定変更や曖昧な指示は不安を引き起こしやすいため,事前に予測可能な情報を提供することが有効である。例えば,日常のルーチンが変更される場合には,あらかじめ説明し,変更後のスケジュールを具体的に示すことで安心感を持たせることができる。また,選択肢を提示して本人が選べるようにすることで,予測不能な状況への対応力を少しずつ高めることも可能である。
(5)社会的コミュニケーションのサポート
自閉スペクトラムのある人は,社会的なコミュニケーションに難しさを感じることがある。例えば,相手の表情や意図を読み取るのが苦手だったり,適切なタイミングで会話に入ることが難しかったりする場合がある。そのため,社会的スキルを学ぶ機会を提供し,実際の場面で練習することが有効である。また,周囲の人にも自閉スペクトラムの特性について理解を促し,一方的に「普通のやり方」を求めるのではなく,相互に歩み寄る姿勢を持つことが重要である。
4.支援の優先順位:合理的配慮と発達支援のバランス
自閉スペクトラムの人への支援の際には,医学モデルに基づくと,スキルの不足とみなして,スキル獲得が支援の目標になることが多い。しかしながら,個人の特性だけでなく,社会環境との相互作用に目を向ける「社会モデル」の視点が重要である。支援の優先順位として,(1)ユニバーサルデザインの推進,(2)保護者・本人への心理教育,(3)合理的配慮と環境調整,(4)保護者の関わり方の変容,(5)本人への直接支援,の順で取り組むことが望ましい。この順番には,社会モデルを理解し,本人の自己評価や適応を高めるための重要な意味がある。もちろん(1)のユニバーサルデザインの推進は,個人レベルではできないことも多いが,支援の優先順位として,まず社会の変容が重要であるという視点は忘れないでいてほしい。
(1)ユニバーサルデザインの推進
バリアフリーからユニバーサルデザインの時代へと移行し,授業にもその考え方が定着しつつある。多様な人が共に生きる社会では,誰もが利用しやすい設計が求められる。ユニバーサルデザインが進めば,特性のある人も過ごしやすくなる。大英博物館では,センサリーフレンドリーな取り組みとして,「センサリーフレンドリーアワー」を実施している。これらの時間帯には照明や音を調整し,刺激を抑えることで,自閉スペクトラムのある人も快適に過ごせるよう配慮されている。また,事前に環境を確認できる「センサリーマップ」も提供され,誰もが安心して訪問できる工夫がなされている。日本でもスーパーマーケットでの「クワイエットアワー」や競技場で「センサリールーム」等が設定,設置されるようになり,誰もが快適に買い物やスポーツ観戦をすることができるような工夫がなされてきている。このように社会のユニバーサルデザインが推進されることで,誰もが過ごしやすくなるであろう。
(2)保護者・本人への心理教育
次に,最も重要なのは,保護者と本人が発達特性を正しく理解し,肯定的に受け入れることである。保護者が特性を否定的に捉えると,本人も自己否定的になり,適応が困難になる可能性が高まる。逆に,特性を理解し,強みと課題をバランスよく受け止めることで,本人の自己評価が安定し,前向きな行動変容につながる。心理教育を通じて,発達特性の理解を深め,本人の可能性を広げる関わり方を学ぶことが,支援の土台となる。
(3)合理的配慮と環境調整
その上で,本人の特性に応じた合理的配慮と環境調整が必要である。例えば,学校や職場では,明確なルールや予測可能なスケジュールの提示,感覚過敏への配慮などが求められる。環境の側が適応しやすい形に調整されることで,本人の困難さが軽減され,過度なストレスを抱えずに能力を発揮しやすくなる。合理的配慮は,個別の支援だけでなく,社会全体の理解と協力を促す点でも意義が大きい。
(4)保護者の関わり方の変容
合理的配慮と並行して,保護者の関わり方の変容も重要である。発達障害のある子どもは,一般的な子育ての手法がうまく機能しないことがあるため,特性に合った関わり方を学ぶ必要がある。例えば,本人の視点に立って伝え方を工夫したり,成功体験を積ませるサポートをしたりすることが,適応力の向上につながる。保護者が柔軟に対応できるようになることで,家庭内のストレスが軽減し,本人も安心して成長できる環境が整う。
(5)本人への直接支援
最後に,本人への直接的な支援として,ソーシャルスキルトレーニング(Social Skill Training)や感情調整の支援などが挙げられる。しかし,これらの支援が効果を発揮するためには,前述の合理的配慮や保護者の理解が不可欠である。本人に努力を求めるだけでは,負担が本人に偏りすぎるため,環境面の支援が十分に整った上で行うことが大切である。
おわりに
自閉スペクトラムの人の認知スタイルを理解し,支援のアプローチを最適化することは,本人の生活の質を向上させるために欠かせない。そのためにも,相談や支援の初期段階でまずは自閉スペクトラムのアセスメントが必須なのである。環境調整の工夫や具体的な支援方法を通じて,個別性の高い支援を提供することが求められる。また,合理的配慮と発達支援のバランスを考慮し,社会全体の理解と協力を促すことも重要である。
自閉スペクトラムのアセスメントは,心理職の臨床実践において非常に重要な役割を果たす。これから1年間の連載を通じて,自閉スペクトラムの心理検査の特徴や活用方法,支援の選択肢について詳しく紹介していく。心理検査を実施する機会が少ない方々にも,学びの重要性を強調し,日々の臨床業務に役立てていただける内容を提供することを目指していく。この連載が,読者の皆様の臨床実践において,自閉スペクトラムのアセスメントの理解を深め,より効果的な支援を提供する一助となることを願っている。クライエント一人ひとりの特性を尊重し,最適な支援をタイムリーに提供するための知識と技術をともに磨いていきましょう。
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稲田尚子(いなだ・なおこ)
大正大学臨床心理学部臨床心理学科 准教授
資格:公認心理師,臨床心理士,臨床発達心理士,認定行動分析士
主な著書は,『これからの現場で役立つ臨床心理検査【解説編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『これからの現場で役立つ臨床心理検査【事例編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023)