武田大輔(東海大学)
シンリンラボ 第41号(2026年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.41 (2026, Aug.)
1.華やかな世界の裏側
スポーツ現場での心理支援というと,オリンピックやプロスポーツなど,華やかな舞台で活躍する選手を支える仕事をイメージする人が多いかもしれない。なかでも,モチベーションの向上やプレッシャーへの対処といった,競技力に直接関係するような支援を思い浮かべるだろう。しかし,実際に競技レベルの高い現場に関わると,そのようなイメージはアスリート支援の一側面に過ぎないことに気づく。アスリートも当初は競技での成功や課題解決を期待して心理専門家を訪れる。実際に対話を重ねるなかで,関心はしだいに「自分にとっての競技」といった類いの問いへと向かうことがある。その背景には,現代スポーツではさまざまな領域からの科学的知見が蓄積されており,それはアスリートを支えるものである一方で,理想的なアスリート像が提示されることでもある。したがって,心理支援の場では,アスリートが自分らしい競技との向き合い方,さらには自分自身の在り方を探求する姿に出会うことが少なくない。
2.身体を通して語られる問い
アスリートであれ,そうでない人であれ,自分らしさや生き方といった実存的なテーマを哲学的な言葉で語ることは少ない。むしろ,人は自らが深く関わっている営みの体験を語るなかで,自身の在り方を表現している。アスリートの場合,それは競技における“生きられた身体”の体験である。具体的な事例は紹介できないが,「水を硬くすると水面から高く飛び出せる」「細胞一つ一つに動かし方を教えてあげる」「意識とは反対の動きをしている」といった語りは,日常的な常識や論理では理解できないだろう。しかし,こうした生きられた身体の体験に耳を傾けていくと,そこには競技への向き合い方だけではなく,その人自身の在り方が表現されていることに気づかされる。私は,こころとからだを切り離して考えるのではなく,互いに影響し合いながらひとつの経験を形作っているものとして理解している。そのような視点から生きられた身体の体験を聴いていくと,アスリートが身体の実感を手がかりに自身の内奥を探求していることが見えてくる。そしてその探求は,自分自身への理解にとどまらず,他者や社会との関わりを見つめ直すことにもつながっていくのである。
3.対話が生み出すもの
スポーツ現場の心理支援の魅力は,競技力向上に関わる技法を指導することだけではない。アスリートが生きられた身体の実感を手がかりに,今までは気づくことのなかった自分自身と出会っていく。そのプロセスを共にすることができることこそ,この営みの魅力なのかもしれない。対話を重ねるなかで,アスリートは自分自身に固有の意味や価値を見出していく。そのプロセスにおいては,競技そのものとの関係だけでなく,他者や環境との関係にも変化が生まれることがある。このような歩みに伴走することは,専門家である私自身の在り方を問い直す機会にもなっている。それは決して容易な営みでなく,多くの場合,苦悩を伴う。それでもなお,その苦悩を含めて,この営みの魅力なのかもしれない。
4.競技をこえたその先にあるもの
スポーツ現場で心理支援を行ううえでは,競技に関する知識や経験が求められることも少なくない。しかし,その知識はアスリートを理解するための入口に過ぎない。私が出会っているのは,競技のことだけでは語ることのできない,一人の「ひと」である。競技人生には成功も失敗もあり,怪我や引退,葛藤や迷いもある。その歩みに寄り添うことは,競技を支えるだけでなく,一人の人間の人生の一時期に伴走することでもある。競技を超えたさきに存在する「ひと」との出会い,その人らしい人生の歩みに伴走できるとの実感が,私をこの営みに留まらせている。
武田大輔(たけだ・だいすけ)
東海大学体育学部競技スポーツ学科・教授,日本スポーツ心理学会・理事・資格委員会委員長,認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士
主な著書『39人の言の葉:あの時、こころに響いたのは理由がある』(共著,杏林書院,2024)










