私の臨床現場の魅力(39)|鈴木晶子

鈴木晶子(フリースペースたまりば)
シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.)

私の臨床現場は困難を抱える子ども・若者支援である。子ども・若者が抱える「困難」には多岐にわたるが,特に私が取り組んでいるのは生活困窮を中核とする困難・課題群である。分野としては児童福祉からこぼれ落ちる子ども期の育ちの課題への支援や,制度として日本では未整備の若者期の多様な課題への支援,そして世帯丸ごとの包括的支援を行う生活困窮者支援と,対象別だけで考えても複数領域にまたがる。その中で,個別の相談援助のみならず,居場所づくりや地域づくりに取り組んでおり,業務は多岐にわたる。大学院時代にひきこもりの若者たちと出会ったのを契機に,制度にのらないこうした支援に取り組むために,ずっとNPOで勤務し,長く役員や事務局として団体運営も担っている。

多くの方には,生活困窮者支援が一番馴染みのない分野かもしれない。生活困窮者支援は,憲法第25条で定められた「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する生活保護制度と,生活保護にさまざまな理由で「至る前」の生活困窮者自立支援制度の両輪で成り立ち,一部の事業は両制度が重なり合っている。お金がないだけでなく,借金や金銭管理の課題,健康や障害,家族や地域との関係や孤立,仕事や家族のケアなど,多様な課題の解消や軽減,状況の改善などを目指したソーシャルワークを行うことを中核に,家計改善や段階的就労支援,居住支援,子どもの学習・生活支援などの支援メニューをもち,多様な社会福祉制度の縦割りを排して,一人ひとりに合わせた支援が行われることを目指している。その中で,私は子ども・若者への支援を専門としている,福祉職も含めて比較的珍しい支援者である。

この分野の支援の難しいところは,多様な支援に「つながらない」「フィットしない」人たちが多くいることだ。依存症のように援助要請をしない人たちの家族が暮らしに困って相談に来る,お金の使い方や健康的な生活に向けた合理的な問題解決の目標を共有しがたい人たちは,時に多くの対人援助職にとって理解が難しく,打つ手を失って支援が停滞して(いるように見えて)しまう。周囲の支援者が受け入れ難い気持ちを持ち,指導的に関われば,せっかく姿を現したクライアントはするりと逃げてしまう。そんな時こそ心理職の出番。その人がそうならざるを得なかったことを生育歴から紐解き,社会の構造的な不平等から権利を侵害されてきたことへの深い共感(あるいは近年言われる”ラディカル・エンパシー”)を持ってその人を周囲が受け入れられるよう,通訳のような役割を果たしていく。「ああ,そうか」と周囲の支援者が本人の不可解な行動について腑に落ちたり,諦めた時,本人がやっと「助けて」「辛い」と言えるようになったりする。

こうしたつながりを,その人にとって必要だけれども地域にないリソースもある。居場所がない,その人にあった仕事がない,活躍の場がないなど,「ないない尽くし」であるから,リソースを地域の人たちと作り出す「地域づくり」が必然的に必要になる。地域の人たちの理解と共感を広げるためには,社会的なエビデンスよりも個人のエピソードに基づいた情緒的なアプローチが有効である場合も多く,その際にも心理職の出番は多くある。そのためには,一般の方にも伝わるコミュニケーションの力を磨いていくことも重要である。

この臨床現場に身を置き続けてきた理由の大きな理由は,この領域で出会う人たちの魅力である。支援者側に目を向ければ,こうした制度にならない領域を切り拓こうという意欲とアイディアと個性にあふれた人との出会いに溢れている。クライアント側に目を移せば,支援契約にも,既存の制度にも,社会の仕組みののらない方がたくさんやってくる。それでも皆が自身の生を生き抜いている。その前で,心理職が何ができるのか,自分自身が問われるチャレンジの連続である。

そんな臨床現場に身を置きながら,よく思い出す山上敏子先生の言葉を紹介して本稿を締めくくりたいと思う。

—─患者が薬を飲まないのではない,医者が薬を飲ませる術がないのだ。
+ 記事

鈴木晶子(すずき・あきこ)
認定NPO法人フリースペースたまりば事務局長・理事,生活困窮者自立支援全国ネットワーク理事など。子ども若者とその家族を中心に居場所づくりや包括的相談支援,地域づくりに取り組んでいる。編著者に『子どもの貧困と地域の連携・協働 : 「学校とのつながり」から考える支援 』(明石書店,2019)など。臨床心理士,公認心理士。

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事