井利由利((公社)青少年健康センター茗荷谷クラブ)
シンリンラボ 第18号(2024年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.18 (2024, Sep.)
ひきこもり推計146万人,不登校20万人の時代。臨床心理は,クリニカルから地域臨床へと発展していくことが求められている。
私の臨床現場は,どうしたらひきこもりの人たちが地域に「棲める」ようにできるかを,ひきこもりの人へのクリニカル(個人の抱える精神疾患や不適応などの心の問題の解決をしていく)アプローチと,マイノリティであったり生きづらさを抱えている人も「棲める」地域にしていくために,何が心理師としてできるかを模索する地域臨床を行う現場である。
1.茗荷谷クラブ
私は,『茗荷谷クラブメンタル部門相談室』でのカウンセリングや家族相談,そしてひきこもりの若者たち(高校生世代以上,年齢制限なし)が集う居場所である『茗荷谷クラブ』に従事している。
茗荷谷クラブは,さらに,社会への出口を探す人のための就労を含む『社会参加準備支援』や,『夜の居場所』など包括的な支援を行う。スタッフは皆,臨床心理士であり,16名がチームとなって,約35名~40名の居場所に通うメンバーさんたちとの人間的な関わりをしている。「人間的な」とは,マニュアル通りの関わりではない,そのスタッフ独自の関係性を持つこと,何気なく一緒に活動したり遊んだりして,雑談や悩みの種に関わること,まず,私たちは一人の「今を生きる人間」でありたいという意味を込めている。20代から60代のスタッフをメンバーさんたちが選んでちょっと相談したり,悩みを話したりしている。心理士であるとのアイデンティティを持ち,それを基盤としながらも,スタッフは,それぞれ個性と背景を持ち,関係性の関与観察をしながら,相談やイベント,グループワーク,フリータイムなど様々な活動を共にしている。外部に向けては,地域の異業種・他種の方と連携し,人と人をつなぎ協働していく。かなり醍醐味がある現場である。
2.地域臨床
地域臨床としては,行政の委託機関として,NPOや関係庁内の職員,社会福祉協議会や民生委員など地域で活動している方々と,どのようにしたら「この地域に棲んでてよかった」と誰もが思える地域づくりができるかを話し合いながら進めている。現場で起こる様々な困難事例に追われる日々,事例を通して各機関との関係を深めていく。地域,ひいては社会の抱える課題─支援の谷間─が明確になってくる。
ひきこもり支援は,社会のあらゆる問題(生活困窮,生活保護,障害,DV,ネグレクト,機能不全家族,いじめ,パワハラ,リストラ,不登校,グレーゾーン,精神疾患)がごちゃごちゃと一つの箱の中に入っていて,どこから取り出したらいいのか,どこへつなげばいいのかを一つひとつ丁寧に見て,本人をまん中に最善の利益を享受できるよう,スクラムを組んでいかなければならない。まさに社会の縮図である。無力さを感じることも多いが,そういった現場に居られることはとても幸せなのだと思う。最近では現場の声を発信できる機会も増えてきた。35年間,続けてやってきたことを自身で少しは認めてあげてもいいのかと思う。個人とグループ,個々の問題と社会,ミクロとマクロの学びと実践ができる現場の魅力は,計り知れないものがあると思っている。
井利 由利(いり・ゆり)
臨床心理士。公認心理師。精神保健福祉士。(公社)青少年健康センター理事・副会長
(公社)青少年健康センター【茗荷谷クラブ】にて,ひきこもりの若者の居場所の提供,段階的社会参加支援と心理相談との相補的支援,家族支援を35年間続けてきた。
その間,思春期精神科クリニック,大学学生相談室カウンセラー,東京都スクールカウンセラーを務め,東海大学大学院非常勤講師,世田谷区若者総合支援センター「メルクマールせたがや」施設長を歴任。現在,並行して,西東京市子どもの権利擁護委員として子ども相談室に勤務。
主な著書
『社会的ひきこもりへの援助』(共著,ほんの森出版,2002,pp.94-104)
『ひきこもりの心理支援─心理職のための支援・介入ガイドライン』(分著,金剛出版,2017)
『公認心理師 実践ガイダンス4─心の健康教育』(分著,木立の文庫,2019)
『まちにとけこむ公認心理師』(分著,日本評論社,2023)
『保健医療分野の心理職のための対象別事例集』(分著(第6章担当),福村出版,2021,)
『公認心理師分野別テキスト1─保健医療分野』(分著(第4章担当),創元社,2019)
『発達障害と青年期のひきこもり』(分著,金子書房,2023)