私の臨床現場の魅力(17)矯正施設から|渡邉 悟

渡邉 悟(徳島文理大学)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

1.はじめに

私は今でこそ大学で教鞭をとっているが,数年前までは刑務所や少年鑑別所といった矯正施設で心理職として勤務していた。矯正施設は「塀の中」と言われるように社会から見えにくい職場であり,そこで心理職が勤務していることがよく知られるようになったのは,比較的最近のことではないかと思われる。

しかし,矯正施設,特に刑務所では,昭和の初め頃から心理職が採用され,その専門性を心理的アセスメントに発揮するなど,心理職の活用が先駆的になされてきた臨床現場である。現在の矯正施設における心理職は心理学の知識や技能を用いて,心理的アセスメントはもとより,心理支援や処遇効果の検証にも携わるようになっており,国の重要施策の一つである罪を犯した人たちの再犯防止に広く貢献している。

なお,矯正施設における心理職の正式名称は法務技官(心理)であるが,通称,心理技官と呼ばれるので,この後は,その通称を使って,心理技官の臨床現場の魅力を伝えることとする。

2.心理技官への道

心理技官になるためには,現在,二つの道がある。一つは国家公務員総合職試験,もう一つは矯正心理専門職試験を受験して合格・採用される道である。いずれも採用されるまでの道のりは険しいが,採用されると,手厚い養成体制の中で育てられる。具体的には,採用直後の基礎科研修,5年目の応用科研修,10年目の特別科研修という節目ごとの集合研修があるほか,心理検査や心理療法,犯罪関係諸科学の最新の知見等に関する研修も数多く実施されており,こうした研修を通じて,心理技官は専門職としての素養を高めていく。

また,採用後2年間はスーパーヴァイズを受けながら,犯罪の発生機序を踏まえた心理的アセスメントと,それに基づく適切な処遇方針の立て方を実地に学ぶことになっている。この2年間の養成カリキュラムが大学院と同等の教育課程とみなされ,刑務所と少年鑑別所は,公認心理師のプログラム施設の認定を受けている。つまり,心理技官は学部卒業者でも,採用後2年間の養成課程を経ることで,公認心理師の受験資格を得ることができるのである。

3.心理技官の仕事の魅力

こうして採用・養成される心理技官の主な仕事は,職域が拡大しているとはいえ,刑務所では処遇調査,少年鑑別所では鑑別と呼ばれる心理的アセスメントである。一方,心理技官の臨床現場である矯正施設には,①収容期間が法的に定められている,②心理技官も保安業務に就くため,ダブルロールの葛藤に悩む,③対象者の心理的アセスメントに対する動機づけが乏しいといった,心理的アセスメントを行う上での制約がある。

しかし,このような制約を乗り越えて仕事に取り組む中で,心理技官しか味わえないやりがいもある。前述の処遇調査や鑑別は,対象者がどうして犯罪に及んだのかを分析し,更生に向けて最善の処遇方法を提案する業務である。そうした業務を対象者と協働して進めることで,動機づけの乏しい対象者に気づきが促され,自己洞察や被害者に対する謝罪の気持ちが深まる姿を目の当たりにしたときは,心理技官冥利に尽きるといえる。

犯罪を行い,矯正施設に収容されるということは,自業自得ではあるものの,対象者にとっては,いわば人生の危機である。この危機に際して,パーソナリティの偏りや反社会的集団の価値観から気づきが促されにくい対象者もいる。しかし,多くの対象者は自分の生き方を見直し,変わることを望んでおり,それを心理学の知識や技能を活用して支援できることが心理技官のやりがいであり,大きな魅力でもある。

+ 記事

渡邉 悟(わたなべ・さとる)
所 属:徳島文理大学人間生活学部心理学科
資 格:公認心理師((公社)日本公認心理師協会認定専門公認心理師)・臨床心理士
著 書:『臨床心理検査バッテリーの実際 改訂版』(遠見書房),『ロールシャッハ実践ガイド』(金剛出版),『関係行政論 第3版』(遠見書房)(いずれも分担執筆)
専 攻:犯罪心理学・臨床心理学

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事