浅見祐香(目白大学)・神村栄一(新潟大学)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)
はじめに――万引きがやめられなかったCさん
前回の第3回では,行動アディクションの引き金の対処方法について考えていただきました。リスクとなる引き金を確実に避け続ければ行動アディクションは引き起こされないでしょう。しかし,多くの方にとって,一生涯,リスクを避け続けるということはとても困難です。なぜなら,なくしたい,減らしたいと思う行動アディクションが繰り返されてしまう背景には,その方にとって,ある意味でその行動が「必要」とも言える側面が隠れているためです。今回は,万引きがやめられなかったCさん(40代女性※複数の実在するモデルから創作した架空事例)の発言も紹介しながら進めます。
Cさんは,逮捕されたことをきっかけに,買い物には必ず夫が同伴するようになりました。しかし,2か月ほどで,夫に内緒で,一人で買い物に行くようになりました。Cさんは当時のことを,「『牛乳を買うだけ』,『これくらいのことで夫に迷惑をかけられない』などと,自分自身にも言い訳しながらお店に入っていました。けれど,結局万引きしてしまい……。万引きをしない生活には耐えられなかったのだと思います」と振り返りました。そんなCさんが,自身にとっての万引きの「意味」を見つめていくとともに,万引きの代わりとなるような行動を増やしていく過程についても解説していきたいと思います。
1.行動アディクションが繰り返される「理由」
行動科学の枠組みから理解を試みると,私たちがある行動にはまっていく背景には,行動の「結果」として,自身にとって望ましい変化であるメリットが伴っているであろうことが推察されます。そのため,行動アディクションをやめ続けていくためには,行動アディクションによって,どのようなメリットを得ていたのかという点を丁寧に振り返ることが大切です。そのうえで,同じようなメリットが得られる,許容できる代わりの行動を探して,置き換えていくということを併せて進めていきます。
行動アディクションを始めた当初は,お金やほしい物が手に入る,性欲が満たされる,周囲から注目を得られる,スリルや達成感を得られるなどの快の出現(正の強化,と呼ばれます)を伴っていた方が多く見られます。
しかし,行動アディクションが繰り返される中で,借金や捕まる恐怖,今の生活を失う不安,目をそむけたくなるような現実,慢性的なイライラやストレスなどの不快の消失(負の強化,と呼ばれます)の意味合いが大きくなっていく方は少なくありません(図1:行動のきっかけと結果)。
また,行動によって得られたメリットは,一つとは限りません。複数のメリットが生じている場合,一つひとつのメリットがどの程度,自身の行動アディクションに対する影響力があるかについても考えていくとよいでしょう。
〈正の強化の例〉

〈負の強化の例〉

図1 行動のきっかけと結果
夫の勧めで専門クリニックに通い始めたCさんは,「万引きをしてよかったことなんて一つもありません。近所のスーパーマーケットで逮捕されたとき,警察署までパトカーで連れていかれました。知っている人に見られるかもしれない,と必死で顔を隠しました。自分は犯罪者なんだ……と怖くて仕方なかったです」と涙ながらに語りました。その後,パートタイムの仕事を辞めて,子どもの学校行事などにも顔を出さなくなり,自宅に引きこもる生活を送っていたそうです。
行動アディクションによって,仕事や家庭,友人など,自分にとって大切なものや人を失う方は少なくありません。このような喪失体験をきっかけにして,専門的な支援につながったときに,「よいことは一つもなかった」と思われることは自然なことでしょう。セラピストや同じ問題を抱える仲間など,安心して心の内を話せる人や場所を見つけて,率直な思いや気持ちをぜひ言葉にしていってください。
そして,十分に心の内を話すことができたら,これほど大きな支障をもたらす行動アディクションがなぜ繰り返されてしまったのか,ということの背景にある,隠れたメリット探しに取り組んでいきましょう。なかなかメリットを見つけられない場合には,行動の後に起きた変化について,直後に生じた「短期的な結果」と,少し経ってから生じた「長期的な結果」とを区別してみることも役立ちます。
多くの場合,長期的には大きな困難が生じたけれど,行動の直後に注目してみると,ほんの一瞬かもしれませんが,うれしい,スッキリした,など自身にとってのメリットが生じていることに気づかれていきます。
Cさんは,集団療法に参加して,同じく万引きの問題を抱えるメンバーの話を聞くことを通して,「わかるな,私も同じだな,と思う場面は少なくありませんでした。盗った分のお金を支払わずに済んで得した気持ち,夫からの小言を忘れてスッキリする感覚,ばれずに盗れた,自分はすごいという達成感のようなものがあったことに気づかされました」と自己理解を少しずつ深めていきました。
2.行動アディクションを置き換える
自身の行動アディクションについて,どのようなメリットがあったのかが明らかになると,同じようなメリットが得られる代わりの行動を探していくことが可能になります。まずは,これまでにやったことのある行動のレパートリーの中から探していきましょう(図2:代替行動への置き換え)。

図2 代替行動への置き換え
Cさんは,自身が万引きをした結果として,「得をした」,「スッキリ」,「達成感」というメリットがあったことに気づきました。そのため,それぞれについて,同じようなメリットを得られる万引き以外の行動を探していきました。その際には,同じく万引きの問題を抱える仲間が実践している工夫も参考にして,セラピストと相談しながら複数の代わりの行動を探していきました(図3:代替行動探しワークシート例(Cさんの場合))。
もともと料理が好きで,子どもが生まれる前は,お菓子作りが趣味だったCさんは,インターネットを通して道具や材料を買いそろえて,お菓子作りを再開しました。「うまくできたものの写真をSNS(Social Network Service)に載せてみると,思った以上に『いいね』が集まって,すごく気分が上がりました。友人にふるまうと喜んでくれることもうれしくて,今は,いろいろなお菓子に挑戦しています」,「裁判が終わったら,お菓子作りにかかわるお仕事がしたいな,と思っています。いい年をして恥ずかしいですが,いつかは小さなお店が持てたらいいな,という夢もできました」と笑顔を見せてくれました。

図3 代替行動探しワークシート例(Cさんの場合)
行動アディクションの代わりの行動を探していく中で,同等のメリットを得られる行動が見つからない,という声もしばしばお聞きします。収入に見合っていないギャンブルや買い物によって得られるお金や商品,高揚感などと同じくらいのメリットが得られる代わりの行動はなかなか見つからないかもしれません。また,万引きや盗撮,痴漢などのような触法行為の場合には,同等の許容可能(合法)な代わりの行動を見つけることはさらに困難でしょう。
このような場合,行動アディクションで得られるメリットと同等ではないけれど,似たようなメリットが得られる代わりの行動を,複数取り入れていくということが必要になります。
Cさんの場合にも,お金を支払わずに商品が手に入ることによる「得をした」感覚は,同等な代わりの行動が見つかりませんでした。そのため,一つ一つの「得をした」感覚は小さいけれど,ポイントを貯めることや値引きされた「お得」な商品を買うこと,中古品を探すことなどを日常的に取り入れることにしました。一部しか満たせないとしても,このように埋め合わせていくことが,行動アディクションのない生活を続けていくための力になりえます。
3.行動のレパートリーを増やす
10年以上もの間,行動アディクションを繰り返している,10代の頃から続けているという方のなかには,「行動アディクション以外の趣味は何もない」と話される方が結構おられます。そのような場合には,行動アディクションで得られるメリットを置き換えるための新しい行動のレパートリーを増やしていくことも必要になります。
自身で本やインターネットなどから情報を集めたり,セラピストや同じ問題を抱える仲間から話を聞いたりしたことにチャレンジしていきながら,自身に合った行動のレパートリーを増やしていくことが大切です。その際には,一人でできる,いつでも手軽にできるような行動も加えておきましょう。
もしも,新しい行動にチャレンジすることへの不安や恐れ,抵抗などが強い場合には,どの行動から試してみるかを決める際に,問題解決療法を取り入れてみることが役立つかもしれません。問題解決療法とは,ある問題に対して,自分にはその問題を解決することができると信じて,建設的に問題解決を図る姿勢を促す支援技法です。行動アディクションによって得られるメリットの代わりの行動を探すときにも活用できます。
具体的な進め方としては,まず,解決したい問題を明確にして,できるだけ多様な解決策の案を出していきます。案を出す段階では,「これをやると後から問題になるかな」,「人からどう思われるかな」などと評価はしないで,似ているものや,解決策を組み合わせたものなども含めて,できるだけ多くの案を出していきましょう。
次に,案として出された解決策について,①問題の解決につながりそうか,②実現できそうか,③別の問題を引き起こさないだろうか,という3つの観点から,〇(非常にそうである;2点),△(まあまあそうである;1点),×(そうではない;0点)をつけていき,最も合計得点が高い解決策から試していきます。実際に試してみても問題が解決しない場合には,次に合計得点が高かった解決策を試す,という流れで,自分にとって最良の解決策を探していくことができます(図4:問題解決療法シートの例)。

図4 問題解決療法シートの例
4.苦痛から逃れるための「自己治療」
アディクションについて,「自己治療仮説」という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません。低い自尊心や将来の不安,人間関係のトラブルによる苦悩など,心理的苦痛から逃れるためにアディクションが用いられることを指します(Khantzian&Albanese, 2008,松本訳,2013)。
行動アディクションの問題を抱える方のなかにも,虐待やいじめなどの被害を受けた経験があり,「人は怖いし信用できない。アディクションだけがよりどころだった」と打ち明けてくれる方にしばしば出会います。境界性パーソナリティ症や摂食症をかかえた方が行動アディクションを併発することも少なくはありません。さまざまな生きづらさを抱えた方にとって,今日一日を生き延びるために,アディクションが「必要」であった,とも言えるでしょう。
実際に,行動アディクションからの回復には,H. A. L. T. と呼ばれる状態への気づきを高めることが大切であるとされています。これは,Hungry(空腹),Angry(怒り),Lonely(孤独),Tired(疲労)の頭文字による略語であり,これらの状態に気づいて,行動アディクションに頼るのではなく,セルフケアを行えるようになっていくことが重要になります。
自分では気づきにくいという場合には,毎日,日記をつけることなどを通して一日を振り返る習慣を身に着けていくことや,安心できる人や場所を見つけて,定期的に心の内を話すことによって,周囲の人々に気づいてもらいやすくすることなどもできるでしょう。
同じ問題を抱える方同士で助け合う居場所としては,自助グループや依存症回復支援施設(DARCやMACなど)による支援が全国的に展開されています。元来は,アルコールや薬物のアディクションの方が主でしたが,現在では,ギャンブルや買い物,万引き,性的問題行動など行動アディクションの問題を抱える方の受け入れも広がってきています。一人で抱えるのではなく,「依存先」をたくさん見つけていくということも,アディクションの回復に役立つということを,心にとどめておいてください。
おわりに
行動アディクションを抱える当事者の方々から,「たくさんの方に迷惑をかけてしまった」,「自分みたいな悪人に楽しむ資格はない」とお聞きすることは少なくありません。もちろん,過去の行為について反省する気持ちは,その行為を起こさせないためのブレーキともなりえます。しかし,このように,自身の生活上の「楽しみ」を避けてしまうことが,実は,行動アディクションの回復を遠ざけてしまうことにつながりかねないことも,ぜひ知っておいてほしいと思います。
Cさんは,「自分は犯罪者だから人並みに楽しんではいけないと思っていました。そう思えば思うほど苦しくて,結局,逃げ場は万引きしかなくて……。楽しみを探すなんて自分だけではできなかったと思います。セラピストと仲間のおかげで,何とか一歩を踏み出せました」と振り返ります。行動アディクションによって得られていたうれしい,楽しい気持ちや,嫌なことを忘れられる感覚まで手放すのではなく,同じようなメリットが得られる行動のレパートリーを増やしていくことは,行動アディクションをやめる,減らす生活を続ける大きな力になるのです。
文 献
- Khantzian, E. J., & Albanese, M. J.(2008)Understanding addiction as self-medication: Finding hope behind the pain. Rowman & Littlefield. (松本俊彦訳(2013)人はなぜ依存症になるのか―自己治療としてのアディクション.星和書店.)
浅見祐香(あさみ・ゆか)
目白大学心理学部 専任講師
資格:公認心理師,臨床心理士
神村栄一(かみむら・えいいち)
新潟大学人文社会科学系教授
資格:公認心理師,臨床心理士,専門行動療法士,博士(心理学)
主な著書:『教師と支援者のための令和型不登校クイックマニュアル』(単著,ぎょうせい,2024),『不登校・ひきこもりのための行動活性化』(単著,金剛出版,2019),『学校でフル活用する認知行動療法』(単著,遠見書房,2014),『認知行動療法[改訂版](放送大学教材)』(共著,NHK出版),『レベルアップしたい実践家のための事例で学ぶ認知行動療法テクニックガイド』(共著,北大路書房,2013)など。
学生時代から40年におよぶ心理支援の実践はすべて,行動療法がベース。「心は細部に宿る」と「エビデンスを尊び頼まず」が座右の銘。「循環論に陥らない行動の科学を基礎とし,サピエンスに関する雑ネタやライフハックなどによる解消改善を要支援の方との協働で探し出す」技術の向上をめざしている。





